the SchnickSchnackの新しいビデオできてます。
https://youtu.be/50Pm0_CbM5U
ドイツ語の勉強にも少しなると思います。
2018年7月17日火曜日
むかしのベルリン
ちょっと前から、ベルリンの昔の写真がみたいという想いに駆られ、ずいぶん前にツェーレンドルフに住んでたときに住んでた家のおばさまが持ってたベルリンの古い写真集、あれがみたいんだ、、と探し続けていて、(それがどういうタイトルかは覚えていなくて)
やっとこれかもしれない と思うものを見つけました。 その前に違う写真集を一冊買って、それもけっこういいんですけど。
それをみてるうちに、あれ そういえば ちかくにmärkisches museumがあったな、と思い出しました。前にパトに あれはベルリンの歴史博物館みたいなやつだと聞いてた記憶が蘇ったのです。
それで 今日行ってきました。
特に 1800年台〜戦前くらいまでに興味があり(街や当時の人たちの様子など)
今普通に通ってるこの道の昔の状況を見たい、知りたいという私の熱は写真集で多少おちついたものの、やはり博物館ともなるとテンションの上がりをおさえられませんでした。
建物自体も素敵で見ごたえもありました。
ドイツ語と英語でしか表記やオーディオ説明がないのでそこは少し残念ですが、ベルリンの歴史に興味がある人には大おすすめしたい博物館です。相当昔から、戦争、ベルリンの壁のことや特別展なども含んで展示してあります。
入場料は7ユーロで第一水曜日は無料らしいです。あとなんか日曜とかは何かイベントが行われてるような事が書いてありました。
ミュージアムショップで昔のベルリンの地図を買い大満足で博物館をあとにしました。
またみにいきたい。今度はパトをつれていって 難しい単語などを簡単な言葉に変えて説明してもらおう。(日本語できないから 結局ドイツ語からドイツ語への通訳になる)
近くに川が流れていて公園もあり、ちかくでスープを買いひとりでぼーっと座ってたべながら、ここはチプシーを連れてくるのにいいぞとおもいました。
家に帰り 語学学校からかえってきた妹と仕事から帰ってきたパトをさそい 昼間にいった川沿いをチプさんぽの延長であるいてすわってきました。
ところでなんでわたしはそんなにその年代のベルリンに興味があるのかというと、
バイトに行く道である地点が工事中になってたため、別の道を通るようになりました。
そこの道が なんか わたしはここを知っている という思いがすごくして、あれ、こんな銅像はなかったはずだけどとか いろいろ思うようになって、昔の様子をしりたくなったのです。
ずいぶん前に、ある方に前世をみてもらったことがあって、その人が言うにはわたしは 前世がドイツ人だったということなんです。 ドイツに行くことをきめてからそのことを知り、前々からなんとなくそんな気がしてた私は やはりびっくりしました。
そのドイツ人は男性で1900年代初頭くらいまで生きた人みたいで、国のための(?)建築関係のしごとをやってたみたいです。
そいうのを聞いたことがあるから、なにかしら思い込みで ココらへん知っている とおもってしまうのかもしれないけど、 そうおもってた道が 建築アカデミー跡があるところで(あとから知った) ああもしかしたら通ってたりなんらかの関わりがあったのかなあなんて思いました。 そのあたりはベルリン城やベルリン大聖堂など昔からある大きな建物も多いし、よく人がいくところだからアカデミーは関連してるかわからないですけど。
そういうちょっと不思議なこともあり、昔のベルリンの写真を見たくて探し始めたというわけです。 興味のあることの知識をどんどん増やすのはやはりたのしいです。
理由がなんであれ。
その博物館のあたりの街もわりかし好きです。
やっとこれかもしれない と思うものを見つけました。 その前に違う写真集を一冊買って、それもけっこういいんですけど。
それをみてるうちに、あれ そういえば ちかくにmärkisches museumがあったな、と思い出しました。前にパトに あれはベルリンの歴史博物館みたいなやつだと聞いてた記憶が蘇ったのです。
それで 今日行ってきました。
特に 1800年台〜戦前くらいまでに興味があり(街や当時の人たちの様子など)
今普通に通ってるこの道の昔の状況を見たい、知りたいという私の熱は写真集で多少おちついたものの、やはり博物館ともなるとテンションの上がりをおさえられませんでした。
建物自体も素敵で見ごたえもありました。
ドイツ語と英語でしか表記やオーディオ説明がないのでそこは少し残念ですが、ベルリンの歴史に興味がある人には大おすすめしたい博物館です。相当昔から、戦争、ベルリンの壁のことや特別展なども含んで展示してあります。
入場料は7ユーロで第一水曜日は無料らしいです。あとなんか日曜とかは何かイベントが行われてるような事が書いてありました。
ミュージアムショップで昔のベルリンの地図を買い大満足で博物館をあとにしました。
またみにいきたい。今度はパトをつれていって 難しい単語などを簡単な言葉に変えて説明してもらおう。(日本語できないから 結局ドイツ語からドイツ語への通訳になる)
近くに川が流れていて公園もあり、ちかくでスープを買いひとりでぼーっと座ってたべながら、ここはチプシーを連れてくるのにいいぞとおもいました。
家に帰り 語学学校からかえってきた妹と仕事から帰ってきたパトをさそい 昼間にいった川沿いをチプさんぽの延長であるいてすわってきました。
ところでなんでわたしはそんなにその年代のベルリンに興味があるのかというと、
バイトに行く道である地点が工事中になってたため、別の道を通るようになりました。
そこの道が なんか わたしはここを知っている という思いがすごくして、あれ、こんな銅像はなかったはずだけどとか いろいろ思うようになって、昔の様子をしりたくなったのです。
ずいぶん前に、ある方に前世をみてもらったことがあって、その人が言うにはわたしは 前世がドイツ人だったということなんです。 ドイツに行くことをきめてからそのことを知り、前々からなんとなくそんな気がしてた私は やはりびっくりしました。
そのドイツ人は男性で1900年代初頭くらいまで生きた人みたいで、国のための(?)建築関係のしごとをやってたみたいです。
そいうのを聞いたことがあるから、なにかしら思い込みで ココらへん知っている とおもってしまうのかもしれないけど、 そうおもってた道が 建築アカデミー跡があるところで(あとから知った) ああもしかしたら通ってたりなんらかの関わりがあったのかなあなんて思いました。 そのあたりはベルリン城やベルリン大聖堂など昔からある大きな建物も多いし、よく人がいくところだからアカデミーは関連してるかわからないですけど。
そういうちょっと不思議なこともあり、昔のベルリンの写真を見たくて探し始めたというわけです。 興味のあることの知識をどんどん増やすのはやはりたのしいです。
理由がなんであれ。
その博物館のあたりの街もわりかし好きです。
妹来る/ベルリンのビザ
妹が仕事をやめて、 観光ビザ90日滞在をフル活用し いまベルリンにきております。
ずっと海外生活をしたかったらしい妹。
わたしが先に出ちゃったせいや彼女の性格もあり、タイミングを失いずっともやもやとしていたのではないかと思います。
本当はアイルランドに憧れを持ってるらしいんだけど滞在費を考えると、私のうちに寝泊まりすると宿泊代がタダになるということで うちに滞在しつつ 英語の学校に行き、アイルランド旅行もしてみるとのこと。
かれこれ一週間くらい経ちました。
チプともなれ、 パトとも英語でなんとかコミュニケーションをとっているようす。
今後どのようにしていくかは彼女次第ですが、できたらこっちで暮らしたいというようなことをぶつぶつと言っています。
問題はただひとつ。 ビザ。
いやふたつ。
それに加え、住居。
さすがにうちにずっとというわけにもいかず、
(いま滞在してるのは私達の洋服ダンスがおいてある部屋に簡易の空気入りマットレスで寝起きしている)
住居難といわれるベルリンでの家探し。
ビザはアーティストビザ(妹はアーティストでもあるので)
でなんとかなるかもしれませんが。
わたしがビザ取得で苦しんでたときよりももっと難しくなっているみたい。
私の時代は、
ワーホリ1年〜学生準備ビザ2年〜で、フリーランス ていうのが結構みんなやってたやつです。
わたしもそうやりました。
いまはドイツ人と結婚したのでビザ問題はなくなりましたが
結構いろいろ大変だったので ビザを取る苦しみはものすごくよくわかります。
なので簡単にできるよとは 口が裂けても言えない
でもやるからには自分でやらなくちゃいけない。わたしももちろん友人たちにてつだってもらいとても助けてもらったので 他の人を助けたい気持ちもあるし、必要ならば書類も書いたりなどもしていますが、
みんな自分でやって、できないところを助けてもらっている。
ほんとうに苦しい、嫌な思いをして(わざわざ、する必要はないですけど)それでもここにいたいからがんばって取得するのも、大事なことのように思います。
すんなり取れるのが一番だし、一般的には書類がそれっていればビザを出してくれるんですが、担当者によっては重箱の角をつついてくるようなひともいますし、担当者によって言うことが変わってくるのでそこはほんとどうにかしてほしいですけど、、
ということでいったいどうなることやら。
ずっと海外生活をしたかったらしい妹。
わたしが先に出ちゃったせいや彼女の性格もあり、タイミングを失いずっともやもやとしていたのではないかと思います。
本当はアイルランドに憧れを持ってるらしいんだけど滞在費を考えると、私のうちに寝泊まりすると宿泊代がタダになるということで うちに滞在しつつ 英語の学校に行き、アイルランド旅行もしてみるとのこと。
かれこれ一週間くらい経ちました。
チプともなれ、 パトとも英語でなんとかコミュニケーションをとっているようす。
今後どのようにしていくかは彼女次第ですが、できたらこっちで暮らしたいというようなことをぶつぶつと言っています。
問題はただひとつ。 ビザ。
いやふたつ。
それに加え、住居。
さすがにうちにずっとというわけにもいかず、
(いま滞在してるのは私達の洋服ダンスがおいてある部屋に簡易の空気入りマットレスで寝起きしている)
住居難といわれるベルリンでの家探し。
ビザはアーティストビザ(妹はアーティストでもあるので)
でなんとかなるかもしれませんが。
わたしがビザ取得で苦しんでたときよりももっと難しくなっているみたい。
私の時代は、
ワーホリ1年〜学生準備ビザ2年〜で、フリーランス ていうのが結構みんなやってたやつです。
わたしもそうやりました。
いまはドイツ人と結婚したのでビザ問題はなくなりましたが
結構いろいろ大変だったので ビザを取る苦しみはものすごくよくわかります。
なので簡単にできるよとは 口が裂けても言えない
でもやるからには自分でやらなくちゃいけない。わたしももちろん友人たちにてつだってもらいとても助けてもらったので 他の人を助けたい気持ちもあるし、必要ならば書類も書いたりなどもしていますが、
みんな自分でやって、できないところを助けてもらっている。
ほんとうに苦しい、嫌な思いをして(わざわざ、する必要はないですけど)それでもここにいたいからがんばって取得するのも、大事なことのように思います。
すんなり取れるのが一番だし、一般的には書類がそれっていればビザを出してくれるんですが、担当者によっては重箱の角をつついてくるようなひともいますし、担当者によって言うことが変わってくるのでそこはほんとどうにかしてほしいですけど、、
ということでいったいどうなることやら。
2018年7月12日木曜日
日本旅行
5月にパトとCと三人で3週間日本帰省旅行に行きました。
今回は音楽友達のドイツ人Cも、かつてからの夢、日本旅行を叶えるということで一緒です。
チプシーは 家においていき、友人や義妹が交代でうちに泊まりに来てチプの世話をしてくれるというありがたい助けにより 安心して出かけられました。
それでも 家を出るときにないてしまった、、
出発の日、ルフトハンザがストのため空港までいって 荷物あずけてチェックまですませたのにその日は飛ばず家に帰れとのことで(ほんとに!はあああ!!!という言葉にならない怒りがわいてきましたけど)仕方なくかえり、翌日再出発。
それからは順調に、実家のある神奈川、妹や友達のいる大阪、観光で京都、神戸の友達が新しくオープンさせたカフェ(すごくいい)、仕事関係で岡山、姉家族のいる広島、
いわちゃんが引っ越したさきの福岡、その後、友達のいる屋久島(一週間もおせわになった)、最後に、いい旅館に滞在したいということで鹿児島の霧島に一泊。
移動がかなりあり、たいへんでしたが、友達や家族のありがたさを再実感したすごくいい旅行でした。
屋久島では 初めて縄文杉登山をしました。
7年間住んでたのに一度もいったことなく。
今回たくさんの古くからの友人たちに会いまくり、すごく嬉しかったです。
みんないつもと一緒。会えばその頃にすぐもどってしまう。
昨日まで高校の制服着てたんじゃないかっていう。
いろんな不思議体験もして、パトも都会や自然を大満喫していて、Cも彼なりに日本を楽しんだようでよかったです。
帰ってチプにあえたときはやっぱり嬉しかったなあ。
拗ねてたらいやだなとおもってたけど 数日すればまたいつもの毎日がはじまりました。
なんというか、最近思うのは、場所じゃなくて、 人なんだなということです。
私の生まれたところは大阪。
でもいまある実家は横浜。
もちろん場所にも想いはたくさんあるけど、
私の帰るところは、 パトとチプがいるところ。
家族がいるところ。 友だちがいるところ。
それがどこであっても、わたしが帰るところは 私の好きな人達のいるところ全部なんだなと思いました。
ずーっと、 わたしはいったいどこで暮らすんだろう、どこに長く居着いたらいいんだろう、わたしはどこに居ていいんだろう、という疑問が私の中にありました。
両親や祖父母、親戚はもともと横浜や東京にいて、
わたしは大阪で生まれ、思春期は屋久島で過ごし、また大阪に戻り
ベルリンに住み、そこで夫に出会い、いまもベルリンにいる。
(世の中にはもっともっと引っ越しをくりかえしてる人たちもいるでしょう)
きっとベルリンがわたしの居着くところなんだろうっておもってたんだけど、
場所じゃないんだな、答えは。
今回は音楽友達のドイツ人Cも、かつてからの夢、日本旅行を叶えるということで一緒です。
チプシーは 家においていき、友人や義妹が交代でうちに泊まりに来てチプの世話をしてくれるというありがたい助けにより 安心して出かけられました。
それでも 家を出るときにないてしまった、、
出発の日、ルフトハンザがストのため空港までいって 荷物あずけてチェックまですませたのにその日は飛ばず家に帰れとのことで(ほんとに!はあああ!!!という言葉にならない怒りがわいてきましたけど)仕方なくかえり、翌日再出発。
それからは順調に、実家のある神奈川、妹や友達のいる大阪、観光で京都、神戸の友達が新しくオープンさせたカフェ(すごくいい)、仕事関係で岡山、姉家族のいる広島、
いわちゃんが引っ越したさきの福岡、その後、友達のいる屋久島(一週間もおせわになった)、最後に、いい旅館に滞在したいということで鹿児島の霧島に一泊。
移動がかなりあり、たいへんでしたが、友達や家族のありがたさを再実感したすごくいい旅行でした。
屋久島では 初めて縄文杉登山をしました。
7年間住んでたのに一度もいったことなく。
今回たくさんの古くからの友人たちに会いまくり、すごく嬉しかったです。
みんないつもと一緒。会えばその頃にすぐもどってしまう。
昨日まで高校の制服着てたんじゃないかっていう。
いろんな不思議体験もして、パトも都会や自然を大満喫していて、Cも彼なりに日本を楽しんだようでよかったです。
帰ってチプにあえたときはやっぱり嬉しかったなあ。
拗ねてたらいやだなとおもってたけど 数日すればまたいつもの毎日がはじまりました。
なんというか、最近思うのは、場所じゃなくて、 人なんだなということです。
私の生まれたところは大阪。
でもいまある実家は横浜。
もちろん場所にも想いはたくさんあるけど、
私の帰るところは、 パトとチプがいるところ。
家族がいるところ。 友だちがいるところ。
それがどこであっても、わたしが帰るところは 私の好きな人達のいるところ全部なんだなと思いました。
ずーっと、 わたしはいったいどこで暮らすんだろう、どこに長く居着いたらいいんだろう、わたしはどこに居ていいんだろう、という疑問が私の中にありました。
両親や祖父母、親戚はもともと横浜や東京にいて、
わたしは大阪で生まれ、思春期は屋久島で過ごし、また大阪に戻り
ベルリンに住み、そこで夫に出会い、いまもベルリンにいる。
(世の中にはもっともっと引っ越しをくりかえしてる人たちもいるでしょう)
きっとベルリンがわたしの居着くところなんだろうっておもってたんだけど、
場所じゃないんだな、答えは。
2018年5月7日月曜日
シンプル
わたしはある夢をみてから 肉が食べられなくなりました.
このブログの前のブログにもかいたけど。
それからどんどん色々考えが変わってる気がする、変わってるというか、自分の中で 前進してるというか。
靴が古くなってるので、新しいのを買おうと見に行っても、 革製品や革をつかっているのがほとんどで、なかなか見つからない。 おまけにわたしは足が小さい方で、さらに扁平足で幅広なので それにあうのを見つけるだけでも結構大変なのに、革もつかっていないもの、となるとなかなか見つからない。それで数ヶ月探し続けた。
veganシューズの専門店もあって、そこにも見に行ったけどわたしの足にあうのがなくて、断念。
でも最近のスポーツシューズは革をつかってない軽いやつが結構出てることに気づき、
足に合ったので、ニューバランスのを買いました。
しかし、そこでまた、考えすぎてしまうのです、
veganシューズとして いろんなメーカーからでてるんだけど、そもそもその会社自体他のモデルの靴は革をつかっているではないか、と。
そこをかんがえてしまうと、メーカーまできにしてしまい、かなり狭まってしまうんです 選択肢が。
自転車ですぐ行ける距離のところに、 フェアトレード、エコ、ビオ、veganなどのメーカーのみをとりあつかった服屋さんが有ることを知り、いってみました。
もちろん値段は少しお高めですが、正当な値段なんだろう、というふうに思えて、
そしてそこなら安心して選べる、、(余計なことを考えずに)と思いました。
思い込みといってしまえばそれまでですが。あとは自分の趣味に合う服などがみつかればいいんですけど、、。
全部をいきなり切り替えるのは経済的にも、なかなか大変だけど、徐々に、そういうふうになっていってもいいかなとおもっています。
あと、セカンドハンド(中古品)の店から買うのも自分の中でアリと判断しています。
また 以前から持ってるモノも 今の考えと違うからすてる というのもなんか違う気がしています。
去年、いろいろ目に見えないものが見える、ある人に、わたしはこれからどんどんシンプルにしていく(べき)というふうなことをいわれました。
肉を食べなくなったのもその一環だと。
何もかも鵜呑みにしてはいけないと思っているけど、たしかに、前々から少しづつ、ビオの野菜などに切り替えていて、そして肉を食べなくなったことをきっかけにどんどん考えが広がっていって、
いまでは靴やリュックサックを買うことも一歩考えてからというふうになっていて、
それはシンプルになっているのかどうかわからないけど、 根底の部分は、
自分の行動が、自分のためだけにならないようにしようとしてる という感じがします。 服とか野菜とかも安ければそれなりの理由があるわけで、どこかで正当な対応を受けてない人や動物がいるかもしれない。 その手伝いをしたくない。
(高いからいいっていうわけでもないですけど)
でもそれは ぜんぶ エゴといってしまえばそれまでですが。
日本にいると消費消費の中でなかなか実行しにくいし、それに気づきにくいですが、
ここではそういう生活ができるから、 ああここでよかったな、と思います。
なんでベルリンにいるんだろうと 時々思いますが。(そりゃドイツ人と結婚してるし、犬もいるしでそういう意味ではここにいて当たり前っちゃ当たり前なんですが)
ベルリンはわたしが来た当時はまだ、物価もやすくて、家賃も安くて、
っていうそういう利点もたくさんありました。
今は家賃もあがり、物価も徐々にあがってきています。
新しく引っ越す家をなかなか見つけられないという話もものすごくきくし。
それでもこの街にいるのは、自分のしたい生活ができるからかもしれない。
ただ、寒いんだよね、、 寒さだけはちょっと、、 冬がながい、、、
暖かいところにすみたい、、と夢見ておりますが、、、
日本に帰ったら、いろいろまたいらないものを買ってしまうんだろうな、、
言い出したら、飛行機ものれなくなっちゃう、燃料すごく使ってるから、、、とか。
自分のなかの線引きが大事。 臨機応変に! それを心がけなくちゃ つかれちゃう。
このブログの前のブログにもかいたけど。
それからどんどん色々考えが変わってる気がする、変わってるというか、自分の中で 前進してるというか。
靴が古くなってるので、新しいのを買おうと見に行っても、 革製品や革をつかっているのがほとんどで、なかなか見つからない。 おまけにわたしは足が小さい方で、さらに扁平足で幅広なので それにあうのを見つけるだけでも結構大変なのに、革もつかっていないもの、となるとなかなか見つからない。それで数ヶ月探し続けた。
veganシューズの専門店もあって、そこにも見に行ったけどわたしの足にあうのがなくて、断念。
でも最近のスポーツシューズは革をつかってない軽いやつが結構出てることに気づき、
足に合ったので、ニューバランスのを買いました。
しかし、そこでまた、考えすぎてしまうのです、
veganシューズとして いろんなメーカーからでてるんだけど、そもそもその会社自体他のモデルの靴は革をつかっているではないか、と。
そこをかんがえてしまうと、メーカーまできにしてしまい、かなり狭まってしまうんです 選択肢が。
自転車ですぐ行ける距離のところに、 フェアトレード、エコ、ビオ、veganなどのメーカーのみをとりあつかった服屋さんが有ることを知り、いってみました。
もちろん値段は少しお高めですが、正当な値段なんだろう、というふうに思えて、
そしてそこなら安心して選べる、、(余計なことを考えずに)と思いました。
思い込みといってしまえばそれまでですが。あとは自分の趣味に合う服などがみつかればいいんですけど、、。
全部をいきなり切り替えるのは経済的にも、なかなか大変だけど、徐々に、そういうふうになっていってもいいかなとおもっています。
あと、セカンドハンド(中古品)の店から買うのも自分の中でアリと判断しています。
また 以前から持ってるモノも 今の考えと違うからすてる というのもなんか違う気がしています。
去年、いろいろ目に見えないものが見える、ある人に、わたしはこれからどんどんシンプルにしていく(べき)というふうなことをいわれました。
肉を食べなくなったのもその一環だと。
何もかも鵜呑みにしてはいけないと思っているけど、たしかに、前々から少しづつ、ビオの野菜などに切り替えていて、そして肉を食べなくなったことをきっかけにどんどん考えが広がっていって、
いまでは靴やリュックサックを買うことも一歩考えてからというふうになっていて、
それはシンプルになっているのかどうかわからないけど、 根底の部分は、
自分の行動が、自分のためだけにならないようにしようとしてる という感じがします。 服とか野菜とかも安ければそれなりの理由があるわけで、どこかで正当な対応を受けてない人や動物がいるかもしれない。 その手伝いをしたくない。
(高いからいいっていうわけでもないですけど)
でもそれは ぜんぶ エゴといってしまえばそれまでですが。
日本にいると消費消費の中でなかなか実行しにくいし、それに気づきにくいですが、
ここではそういう生活ができるから、 ああここでよかったな、と思います。
なんでベルリンにいるんだろうと 時々思いますが。(そりゃドイツ人と結婚してるし、犬もいるしでそういう意味ではここにいて当たり前っちゃ当たり前なんですが)
ベルリンはわたしが来た当時はまだ、物価もやすくて、家賃も安くて、
っていうそういう利点もたくさんありました。
今は家賃もあがり、物価も徐々にあがってきています。
新しく引っ越す家をなかなか見つけられないという話もものすごくきくし。
それでもこの街にいるのは、自分のしたい生活ができるからかもしれない。
ただ、寒いんだよね、、 寒さだけはちょっと、、 冬がながい、、、
暖かいところにすみたい、、と夢見ておりますが、、、
日本に帰ったら、いろいろまたいらないものを買ってしまうんだろうな、、
言い出したら、飛行機ものれなくなっちゃう、燃料すごく使ってるから、、、とか。
自分のなかの線引きが大事。 臨機応変に! それを心がけなくちゃ つかれちゃう。
チプシー1周年
チプシーがうちに来て 今日でちょうど一年。
だいぶ馴染んできております。
子犬のうちから飼わなくても、生まれる前から知ってたような馴染み方になりました。
今週からわたしとパトは日本に3週間帰省します。
その間、友人たちや、パトの妹に順番でうちにとまりにきてもらい、チプシーの世話をしてもらうことにしました。
そんなことはいままでで一度もないので、チプシーがどういう反応をするか心配です。
友人たちや妹はチプシーと既に仲良しなのでそのへんはしんぱいないのですが、
わたしたちが家に帰ってこなかったことがないので、どうなんだろう、、、
そして かえってきて、すねてたらいやだな、、と思います。
でも旅行で帰るのに日本につれてくのはチプにも負担が大きすぎるし、
日本は犬と一緒にどこでもいけるわけじゃないから、問題が多いとおもい、おいていきます。
ドイツ国内はどこでも連れて行ってもんだいないんだけどな、。
日本では 家族、おばあちゃんや姪っ子、それから友達に会えるのが楽しみです。
今回はライブもせず、ただの帰省です。
3週間にぎゅっといろいろ詰め込んでしまい、 のんびりしたいとおもってるのに、逆に疲れそうになってしまった、、でも 遊びだからね、、
仕事じゃないから。楽しみです。
チプもちゃんとまっててくれたらいいな、
何かを勘付いてる感はあります、すでに。 ちぷ。
だいぶ馴染んできております。
子犬のうちから飼わなくても、生まれる前から知ってたような馴染み方になりました。
今週からわたしとパトは日本に3週間帰省します。
その間、友人たちや、パトの妹に順番でうちにとまりにきてもらい、チプシーの世話をしてもらうことにしました。
そんなことはいままでで一度もないので、チプシーがどういう反応をするか心配です。
友人たちや妹はチプシーと既に仲良しなのでそのへんはしんぱいないのですが、
わたしたちが家に帰ってこなかったことがないので、どうなんだろう、、、
そして かえってきて、すねてたらいやだな、、と思います。
でも旅行で帰るのに日本につれてくのはチプにも負担が大きすぎるし、
日本は犬と一緒にどこでもいけるわけじゃないから、問題が多いとおもい、おいていきます。
ドイツ国内はどこでも連れて行ってもんだいないんだけどな、。
日本では 家族、おばあちゃんや姪っ子、それから友達に会えるのが楽しみです。
今回はライブもせず、ただの帰省です。
3週間にぎゅっといろいろ詰め込んでしまい、 のんびりしたいとおもってるのに、逆に疲れそうになってしまった、、でも 遊びだからね、、
仕事じゃないから。楽しみです。
チプもちゃんとまっててくれたらいいな、
何かを勘付いてる感はあります、すでに。 ちぷ。
トマトビデオ 続き
トマトのビデオができ、公開しております。
https://www.youtube.com/watch?v=s2Y4WynqmnM
そして バンドキャンプのサイトから 0円〜すきなだけの額 でダウンロードできます。(0円でもダウンロードできます)
https://schnickschnack.bandcamp.com/album/danke-tomate
リミックスバージョンもあります。
https://www.youtube.com/watch?v=s2Y4WynqmnM
そして バンドキャンプのサイトから 0円〜すきなだけの額 でダウンロードできます。(0円でもダウンロードできます)
https://schnickschnack.bandcamp.com/album/danke-tomate
リミックスバージョンもあります。
2018年4月18日水曜日
トマトビデオ
シュニックシュナックの新しい曲「danke tomate」のビデオをとりました。
といっても全然大掛かりなものではなく、近所と自宅で、
友達にバックダンサーとして踊ってもらい、自宅でグリーンバックで(合成用)撮るという、、。
バックダンサーも6人もあつまってくれて一人カメラの見張りでてつだってくれて、 みんなで楽しく録りました。
パトがケータリングのサラダやフムスを作り、わたしはおにぎりつくったり。
わたしが 構成、撮影、編集、
パトが 小道具づくり、連絡係。
それぞれ役割分担して、その日のうちに編集までおわりました。
といっても全然大掛かりなものではなく、近所と自宅で、
友達にバックダンサーとして踊ってもらい、自宅でグリーンバックで(合成用)撮るという、、。
バックダンサーも6人もあつまってくれて一人カメラの見張りでてつだってくれて、 みんなで楽しく録りました。
パトがケータリングのサラダやフムスを作り、わたしはおにぎりつくったり。
わたしが 構成、撮影、編集、
パトが 小道具づくり、連絡係。
それぞれ役割分担して、その日のうちに編集までおわりました。
動画は今週末あたりに公開予定です。
ダンサーたち、友達に適当に声をかけたんだけど、
普段べつになに人と思って接してるわけではないけどよくよくかんがえたら、国も性別も様々な人たちがあつまって、ああ、いつのまにかこんなに色んな国の友達ができてたんだな、ってちょっと感動しました。
たくさんの国の人達があつまる町でくらしていると、身近に色々な国の人達がいて、
友達も、みんなそれぞれ違う文化の中そだってきたんだろうな、と思ってちょっと感動する。わたしは、ランドセルやらセーラー服やら制服をきて、、っていう学校生活だったけどきっと、 映画で見るような外国の学校にかよったりしてたんだろうなみんな、、と。
そんななかで暮らしているのは、ちょっと良いな。と思います。
ダンサーたち、友達に適当に声をかけたんだけど、
普段べつになに人と思って接してるわけではないけどよくよくかんがえたら、国も性別も様々な人たちがあつまって、ああ、いつのまにかこんなに色んな国の友達ができてたんだな、ってちょっと感動しました。
たくさんの国の人達があつまる町でくらしていると、身近に色々な国の人達がいて、
友達も、みんなそれぞれ違う文化の中そだってきたんだろうな、と思ってちょっと感動する。わたしは、ランドセルやらセーラー服やら制服をきて、、っていう学校生活だったけどきっと、 映画で見るような外国の学校にかよったりしてたんだろうなみんな、、と。
そんななかで暮らしているのは、ちょっと良いな。と思います。
2018年4月13日金曜日
やくわり
最近考えてることは、自分は何をすればいいのだろうということ
日々の生活や仕事とか細かいことではなくて、生きるうえで、何をしたら良いんだろう、と思う。
それを考えていく事自体が人生なのかもしれないけど、、。
そういうのは、どこに住んでたって、だれといたって、やっぱりわからない。
自分探しの旅、みたいなのでは 自分なんか見つからないと思う。いやみつかるかもしれないけれど、それに必要なのは必ずしも旅ではないと思う。
自分は自分の中に居てそんなもの外のどこを探したって無い。
わたしは一体何をするためにうまれてきたんだろうか、
たぶん、幼稚園くらいのときに、母にきいたとこがある。
虫や植物や動物は 誰かに食べられることで、その役割があるけど
でも人間はその輪からはみ出してると思ったから 単純に なんで、何のために存在しているんだろうとおもった。
でもなんか 人はどうして生きるのか、ということばが恥ずかしくて、
なんで双葉は生きているの と訊いてしまい どうしてそんなこというの!と怒られた記憶がある。そりゃあこどもにいきなりそんなこといわれたら、びっくりしてなんてこというの!とおもうだろう、、 そのときは、うまく伝わらなかったな、と思った。
それからもう少し大きくなって、小学生くらいで、もういちど母にきいてみた。
どうして、人間は何のためにいきているのかと。
はっきりいってその時の母の年齢はいまのわたしかもうすこし上かもしれないけど、さほど変わらない。
そんな、何人もの哲学者が一生をかけてずっと考え続けてきたような事をきかれても 困るに決まってる。
しかし子供のわたしは お母さんはなんでも知っていると当たり前に思っていた。
母は うーーんと困った様子だったけど、 誰かを幸せにするためじゃないかな と答えてくれた。
わたしがいまこの年令になって思うことは、母、ナイス!良い答えをいってくれたな!て思う。
小学生のわたしは、ああそうか〜!と納得した。
納得したが、まだやっぱり他にも答えが有る気がして 時々かんがえている。
今は、 人間の存在理由というよりも、なんで、何を目的にして生きているんだろうかということを時々思う。
簡単に動物的に言うと、種を残していくというのが目的で存在しているんだろうけど、
そういうのとは別のなにか、
たとえば、わたしは歌を作って歌うのが好きで その歌によって誰かが喜ぶかもしれない。 でもわたしは歌を人のために作ることももちろんあるけど、 ほとんどは自分の思ったことや見たものを歌ってるだけで 誰かを癒そう、励まそう、喜ばそう、なんてそんなことは全く考えてない。結果それが誰か の役に立つかもしれないけど、もちろんそうならば、すごく嬉しい、でもやっぱりそれはわたしが意図してやったことにならないから、
それはちがうのかなあ、と思う。
こんなもの、もちろん答えなんかでないとどこかでわかっていながらも、考えている。
たぶん、考える ということ自体が答えみたいなものなのかもしれないなあ。
日々の生活や仕事とか細かいことではなくて、生きるうえで、何をしたら良いんだろう、と思う。
それを考えていく事自体が人生なのかもしれないけど、、。
そういうのは、どこに住んでたって、だれといたって、やっぱりわからない。
自分探しの旅、みたいなのでは 自分なんか見つからないと思う。いやみつかるかもしれないけれど、それに必要なのは必ずしも旅ではないと思う。
自分は自分の中に居てそんなもの外のどこを探したって無い。
わたしは一体何をするためにうまれてきたんだろうか、
たぶん、幼稚園くらいのときに、母にきいたとこがある。
虫や植物や動物は 誰かに食べられることで、その役割があるけど
でも人間はその輪からはみ出してると思ったから 単純に なんで、何のために存在しているんだろうとおもった。
でもなんか 人はどうして生きるのか、ということばが恥ずかしくて、
なんで双葉は生きているの と訊いてしまい どうしてそんなこというの!と怒られた記憶がある。そりゃあこどもにいきなりそんなこといわれたら、びっくりしてなんてこというの!とおもうだろう、、 そのときは、うまく伝わらなかったな、と思った。
それからもう少し大きくなって、小学生くらいで、もういちど母にきいてみた。
どうして、人間は何のためにいきているのかと。
はっきりいってその時の母の年齢はいまのわたしかもうすこし上かもしれないけど、さほど変わらない。
そんな、何人もの哲学者が一生をかけてずっと考え続けてきたような事をきかれても 困るに決まってる。
しかし子供のわたしは お母さんはなんでも知っていると当たり前に思っていた。
母は うーーんと困った様子だったけど、 誰かを幸せにするためじゃないかな と答えてくれた。
わたしがいまこの年令になって思うことは、母、ナイス!良い答えをいってくれたな!て思う。
小学生のわたしは、ああそうか〜!と納得した。
納得したが、まだやっぱり他にも答えが有る気がして 時々かんがえている。
今は、 人間の存在理由というよりも、なんで、何を目的にして生きているんだろうかということを時々思う。
簡単に動物的に言うと、種を残していくというのが目的で存在しているんだろうけど、
そういうのとは別のなにか、
たとえば、わたしは歌を作って歌うのが好きで その歌によって誰かが喜ぶかもしれない。 でもわたしは歌を人のために作ることももちろんあるけど、 ほとんどは自分の思ったことや見たものを歌ってるだけで 誰かを癒そう、励まそう、喜ばそう、なんてそんなことは全く考えてない。結果それが誰か の役に立つかもしれないけど、もちろんそうならば、すごく嬉しい、でもやっぱりそれはわたしが意図してやったことにならないから、
それはちがうのかなあ、と思う。
こんなもの、もちろん答えなんかでないとどこかでわかっていながらも、考えている。
たぶん、考える ということ自体が答えみたいなものなのかもしれないなあ。
ライブした
先日数カ月ぶりにライブをしました。パトとやっているシュニックシュナックという二人組のやつです。
https://www.youtube.com/watch?v=AOXoARM4Uoo
ノイケルンという地域にある ループホールというちいさいところでやりました。
人もたくさんで楽しかったです。
ベルリンでライブをやれるところは様々ですが、だいたいこういう小汚い(!)ところです。もちろんビッグスターやたくさんお客さんを集められるバンドとかはコンサートホールやもっと大きめのライブスペースでやりますが。
こういう小汚い(失礼)ところがたくさんあって、他には、モナーヒ、ウェストジャーマニー、トリックスター、エーバー、インターネットエクスプローラー、バイルース、ショコラーデン、マリーアントワネットなどなど、もっともっといっぱいありますが、(全部カタカナでかいてなんか変な感じになりましたけど、)そういうところで私達のようなもののライブが見られます。
そういうところをクラブとよんでいます。(もちろんベルグハインのような大きなテクノのところもクラブといいますが。)
普段はバーとして機能していてライブの有るときはバンドがそのスペースでライブをするというかんじです。
チケット代はそれぞれですが、だいたい3〜5ユーロ、高いときは7〜12とかそのくらいです。 入るところで払って腕にスタンプを押して貰うという形がほとんどです。
大物の前売り券のチケットとか買うレベルのは、日本とさほど変わらないシステムだとおもいます。まえにレディガガを大きなホールに見に行きました。それでもチケット代は日本に比べると安いと思います。
ちなみにライブとはあまりいわず、コンサート(ドイツ語で言うとコンツァート)といいます。
余談ですが クラブのトイレはほとんどきたないです。最近ましになってきたようなきもしていますが。インターネットエクスプローラーは最近できたばかりなのでトイレがきれいでありがたいです。
日本に帰るとどこでもトイレがきれいでうれしいです。
https://www.youtube.com/watch?v=AOXoARM4Uoo
ノイケルンという地域にある ループホールというちいさいところでやりました。
人もたくさんで楽しかったです。
ベルリンでライブをやれるところは様々ですが、だいたいこういう小汚い(!)ところです。もちろんビッグスターやたくさんお客さんを集められるバンドとかはコンサートホールやもっと大きめのライブスペースでやりますが。
こういう小汚い(失礼)ところがたくさんあって、他には、モナーヒ、ウェストジャーマニー、トリックスター、エーバー、インターネットエクスプローラー、バイルース、ショコラーデン、マリーアントワネットなどなど、もっともっといっぱいありますが、(全部カタカナでかいてなんか変な感じになりましたけど、)そういうところで私達のようなもののライブが見られます。
そういうところをクラブとよんでいます。(もちろんベルグハインのような大きなテクノのところもクラブといいますが。)
普段はバーとして機能していてライブの有るときはバンドがそのスペースでライブをするというかんじです。
チケット代はそれぞれですが、だいたい3〜5ユーロ、高いときは7〜12とかそのくらいです。 入るところで払って腕にスタンプを押して貰うという形がほとんどです。
大物の前売り券のチケットとか買うレベルのは、日本とさほど変わらないシステムだとおもいます。まえにレディガガを大きなホールに見に行きました。それでもチケット代は日本に比べると安いと思います。
ちなみにライブとはあまりいわず、コンサート(ドイツ語で言うとコンツァート)といいます。
余談ですが クラブのトイレはほとんどきたないです。最近ましになってきたようなきもしていますが。インターネットエクスプローラーは最近できたばかりなのでトイレがきれいでありがたいです。
日本に帰るとどこでもトイレがきれいでうれしいです。
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