2018年8月28日火曜日

ヨガ

私はスポーツジムに行ってるんだけど、
行ってるというか、実際行ってないんだけど、会員です。
なんか半年コースを誰かとペアで登録すれば6ヶ月でふたりで199ユーロだったから、
お得だねと思い友達と入会しました。

デパートの最上階にあり、天井がガラスで開放感も有り、ロッカーも清潔でいいジムだと思います。
入会時にトレーナーの人に身体測定、どういう風になりたいか(わたしは 痩せたいという希望)でプログラムを組んでもらい、これとこれを何回ずつするように、みたいな説明を受けます。
そして ジム内にあるスペースでヨガやピラティス、他にはけっこうハードなクラスもあり、それらは予約なしでその時間に行けば会員ならだれでも受けられるシステムになっています。

めんどくさくて、全然ジムに通わなくなって数ヶ月。 もう退会しようとメールしたら 三ヶ月先まではやめられないという契約らしく 3ヶ月分はお金を払わなくてはいけないとのこと。
2月に入会し8月までは 最初に払った二人で199ユーロ(一人98.50ユーロ)プラス一ヶ月45ユーロ を三ヶ月払わなくてはいけなくなっちゃって まいったな〜どうせいかないのにな〜と思ってたんですけど。
わたしはメールで本部の方にいっちゃったからそういう正式な感じになったんだけど、
他の友達は ジムのカウンターに直接言ったらふつうに8月までってことになったよ、とのこと。さらに他の友人は何も言わなくても そこからなんも請求きてないよとのこと。
しまった、、 本部に連絡するんじゃなかった。。。

まあ 行けば無駄にならないや、と思い直し、
行くのめんどくさいけどヨガに行ってみようと挑戦することにしました。
微妙にね、距離がめんどくさい距離。 二駅先。
で日曜の朝にヨガコースがあったからそれに行きました。

言葉がわかるか心配だったんですけど、 なんとかわかりました。
そんな難しいことは言わなかったのと、昔ヨガをやったことがあるからなんとなくポーズがわかりました。

今まで、言葉がわかるかな、と心配でなかなか進まなかったこともこうやってやってみたら意外にいけるんだな、という気持ちが最近ちょこちょこあります。
行動あるのみ、、
とりあえず月4回ヨガ行けば45ユーロは高くないなと思うのでできるだけ挑戦していきたいと思います。



夜中のミュージアム

土曜日にLange Nacht der Mussenというイベントにいってきました。

これはこの日だけ18時〜夜中の2時まで約80箇所のミュージアムがオープンしていて
チケット(18ユーロ。早めに買えばもう少し安い)を買えばその参加してるミュージアム全てに入り放題の、しかもBVG(ベルリン交通局)も乗り放題というもの。
ミュージアムをむすぶシャトルバスも運行するとのこと。

私達は前日に計画をたて、水筒とおやつをもってでかけていきました。

ミュージアムの中にはもともと入場無料のものも含まれており、モトを取るため(?)には事前のチェックも必要。

わたしたちはurban nation museum for urban contemporary art(もともと入場無料)と、altes museum , neues museum, computerspielemuseum, stiftung planetarium, märkisches museum の6つを計画に練り込みました。

電車、バス、トラム は15時から乗り放題なので まずはもともと入場料無料のを18時前に行ってスタートする作戦。
urban nationはストリートアーティストの作品の展示で、普段街角で見かけるストリートアートの作品もあり、楽しかったです。
その後、altesとneues に向かってる途中に見つけふらっと立ち寄ったミュージアムが意外に良くて、90年代ベルリンをテーマにした展示でした。(結果今回行った中で一番よかった)
そういう計画外のも楽しいです。
普段なら ああ もうすぐしまっちゃうから急がないと!と思うことも、
ぜんぜんまだまだ時間あるぜ的に余裕がありました。
しかし alt と neu はさすが人気の大きなミュージアム、 長蛇の列、、
とりあえず有名ドコロだし入っておこうと並んだものの、ぜんぜん何のミュージアムかチェックしてなかったから悪いんですけど、ギリシャ、ローマ、エジプトなどの古い貴重な物の展示でした。 いつも外からみてただけだけど ぜんぜんなんのミュージアムか知らなかった。そこまで興味がそそられず、 さらっとみて 次に。

次はコンピューターゲームの博物館。 小さいながらもいろいろゲームが充実していました。が、人が多くなかなか遊べなかったです。 空いてるときにいくとたのしいかも。懐かしのゲームとかで遊べます。(もちろんだけど 基本海外モノ)
その後、プラネタリウムに移動するも、またも人がたくさんで満席、、一時間以上待たないといけないみたいで あきらめました。

すでに1時をとっくにまわっており、メーキッシェスムゼウムについたころは1時40分とか。は あと10分とかじゃ見きれないですよ、と、行ったけど入れてもらえませんでした。
そうして 家にかえるのでした。
足がつかれたけども、いろいろ回れて楽しかったです。
普段きになるけどまあ、いつかの機会に、、とおもってる そのいつかが一気に押し寄せてきたっていう感じです。

もっと絵画とかをみたかったな。
おチプてきな彫刻



90年代ベルリン ラブパレードの展示


 




2018年8月23日木曜日

ドイツのパン と食べ方

食べ物つながりでパンについて。

パンはやたら種類があるけど だいたい硬いです。
日本みたいなもちもち〜みたいなのは みたことないです。
有名な黒パンみたいなの(ちょっと酸っぱいみたいな)もあるけども、
それぞれの人の好みだと思うけども、わたしはどれも嫌いじゃないです。
黒いしっとりしてるスライスされたパン になんかサンドしてあるやつとか。なんかじんわりしておいしい。
でも、いまグルテンフリーがはやっていて、グルテンは体によくない、ずっしりしすぎている、みたいな動きもあるっぽいです。

伝統的にはドイツは夜ご飯はカルトエッセンと言って冷たい食事っていう意味ですけど、
暖かいものを食べない(ステーキだとか、シチューだとか、なんかそういうずっしりもの)という考え方があるようです。でもまあ、日本もですけど どこも伝統は薄れてきていますので こちらでも夜ふつうに温かいものをたべにいったりしますけど。

パトの実家にいくとだいたい朝も夜もパンです。
食卓にパン、チーズ、ジャム、スモークサーモン、フレッシュチーズ、バター、ピクルスなんかがぽんぽんっとおいてあって 好きなものを好きなようにたべな っていうスタイルです。パンはスライスしてあるやつを 焼きたい人はトースターで焼いて食べる感じです。長年かけて これがおいしいという定番モノや最近みつけたおいしいバター とかをパト両親が用意してくれてるので、おいしいです。

ちなみにパトの両親は仲良くて優しいです。空気が、わたしを本当の娘として扱ってくれている感があって 私のわかりにくいドイツ語もちゃんと聞こうとしてくれます。よかった、、良い両親で。。
うちの両親もパトが来ると一生懸命英語で話したり、母に至ってはNHKのドイツ語講座で若干ドイツ語を理解できるようになっております。よかった、協力的な両親で、、。


さてパンのことですが、
そこらへんでよくみかけるのは、外側が茶色で 中が白いタイプで なんかちいさめの枕かなっていうサイズのやつ。それをスライスして食べる。 中がちょっとグレーみたいな色のもあります。白い小麦ばっかじゃなくて、ライ麦とかまざってたり お米で言うところの玄米みたいな 精製ギャンギャンにやってませんみたいなタイプのとかそういう小麦の種類があるとおもわれます。

まあ、こんなこといちいち私が説明しなくたって、もっとスペシャリストがいろいろなサイトで紹介してるでしょうので 種類の説明は省きます。


パンのことはドイツ語で、Brot ブロートっていうんですけど ろ が 喉をごろつかせる ろ です。
ぶぉーと みたいな。

で、ドイツのパンを食べる場面でよくみかけるのは、 カイザーザンメルとか ブロートヒェンです。そしてそれらはパン屋で買うとすごく安いです。一個30セント以下です、だいたい。
ドイツ人たちと食事するようになって気づいたんですけど、パンの食べ方。





だいたいこういうパンです、手のひらサイズの。表面硬い系のやつ。これを、ちぎってたべたくなるところですけど、私の知る限りこちらの人たちはこうやってたべます。

パンの側面にナイフを突き刺し半分にスライス


そしてその上にバターや、フリッシュケーゼ(フレッシュチーズ。クリームチーズみたいなの)を塗ったりとか、ジャム、またはチーズやスモークサーモンやハム、サラミなど好みの具材をのせる

そしたら薄くてすごく食べやすい。

旅行先とかのホテルの朝食バイキングでこうやって食べると ちょっとドイツ感をだせるかもしれません。



またパンに関してなにかおもいついたら書きます。


2018年8月22日水曜日

ドイツで何食べてるのっていう答え その2

その1 に続いて、
じゃあパトがいるときは何を食べているかということですが、
土日の朝ごはん(ブランチ)はパトが作りたがるので任せてます。ラク〜

何かを懸命に作るパト
ラクだけど 後片付け私の係なのでたいへんですけど。いろいろ凝ってつくるから。
でもまあいいです。

パトが一時期凝ってたのは野菜のオーブン焼きです。 あと、最初はお米を炊いたこともなかったパトですが、(炊飯器の使い方もしらない)いまではお米を研いで炊いてくれます。

この前はズッキーニをヌードルにみたてた ズードルをレシピを見ながら作っていました。

もちろんお肉なしのソースです。とても美味しかった。

これもなんか 生地がサクサクでおいしかった。
ビオスーパーにおいてあるレシピ雑誌みたいなの(無料のやつ)をみて作るのも好きなようで、そこからヒントを得てなにか作ったりします。

私が作るときは、スパゲッティの麺でつくる冷麺とか、うどんとか、ふつうになんか野菜炒めだとか家庭的なもんです。

そとに朝ごはんをたまに食べに行ったりもします。
お気に入りのカフェの たくさんのアボカドと目玉焼きがのったパンとか、そういう感じです。

あと外に食べに行くのはインド料理や、ピザ、オリエンタル料理みたいのとか、そういうのです。最近はポテトの専門店ができて、それをたべにいったりもします。

ここで声を大にして言うことは、 外で食べると、量が多いということです。
わたしはそれになれてしまい、残してはもったいないという思いもあり、最初は無理だったんですが、いつのまにやら完食できるようになってたんですが、胃腸を壊し気味の昨今、気づきました。

こんなにたべなくてもいい と。

ヨーロッパの男性が食べるレベルの量を日本人でも小柄な方の私が完食して体にいい訳がないと。 ピザも一枚全部たべなくてもいいんだ!残しても もちかえればいいんだ、と。

体がこうやって警告してきてるってことは、わたしはなににしても食べ過ぎだったのです、きっと。

何度も胃がいたくなったり、インフルエンザになり何も食べられなくて、ようやく食べられるようになったときに気づいた、「体がうごかせるだけ食べたら、それでいいんだ」ということ。 すぐ忘れてまた暴食し、また胃をこわし、の繰り返し、、。
それでこの間の胃腸炎。(タダのウイルス性かもしれませんが、あきらかにその前にそばの実をたべすぎていた)胃もたれするほど食べる必要はないよ!と体がなんども訴えかけてきてるのに無視していた、、

ので気をつけることにしています。昨日も友達とインド料理を食べに行き、もちろん残して持ち帰ってきました。 明日温めてたべます。 
話がそれましたが、そういう感じで生きております。



ドイツで何食べてるのっていう答え その1

よく、日本にかえると、ドイツで何食べてんの?ってきかれます。
何食べてんだろう、、

家は基本、共働きで、私はバイト先(日本食やさん)でまかないがあるのでバイトのある日は夜ご飯はそこで食べ、パトも社員食堂みたいのがあるからそこで食べております。
私のバイトは昼過ぎ、(夕方という15時とかくらい)からなので 朝ごはんは一人で食べます。
(パトは私が起きる前か起きる頃に家を出る)

で、朝ごはんがもう どうせ一人だしめんどくさいので、
だいたい小さい鍋にキヌアと野菜を一緒に入れて炊いたものを食べてます。
時々缶詰のサバとか鮭とかイワシをいっしょにいれたりします。(私は肉は食べないけど魚は食べる。自分の健康のために)
目玉焼きを乗せることもあります。 味付けはちょっと塩とココナッツオイルと醤油。
たまにお酢とかいれたり、あとからアボカドいれたり、レモンがあるときはレモン絞ったりサラダを添えたりです。
お鍋一個でできるから楽なんで、、

なんかこうやって書くと流行りのモデルみたいな食事に感じるけど、楽さ優先です。

今日はそれすらめんどくさかったから、スイカとバナナ、豆乳ヨーグルト(ライムレモン)、あとチーズを一枚食べました。もっと書いちゃうと全部ビオ(オーガニック)です。ますますモデル感がでてきますが、実際食べてるのは小太りのめんどくさがりのおばはんです。

わたしは気に入ったら同じものを連打で食べてもだいぶしばらくは飽きないタイプなので、ここんところはこういう感じです。
キヌアが時々そばの実に変わる程度です。(汚い話ですが、この前の胃腸炎になったときにそばの実をたべていて、それを吐いてしまったので、またそばの実を食べたいという気持ちになるかどうか不安です)

あとはバイト先の食料品コーナーで買ったうどんや納豆、お米を食べることもあるし、味噌汁を作ることもあります。

パンとチーズとか、スープも昔は作ってたけど、とにかくチーズが太る。ので今は遠のいてます。旅行先のホテルの朝食とかで食べるとかそれくらい。

とりあえず、一人の時はこいうものを食べております。




2018年8月20日月曜日

ことばのこと

ドイツに住んでたら当然周りにあふれかえるのはドイツ語です(あたりまえのことですけど)私はドイツに来る前に1ヶ月くらい?かな 
ゲーテインスティテュートってところのサマーコースみたいなところにいって、「基本の基」 くらいを学びました。
自分でも本を買って勉強もしてたけどとてもじゃないけど、それだけでは習得できず。

ワーホリで来て、最初の一ヶ月、ベルリンにあるゲーテ・インスティトゥートへ通いました。(日本から申し込んでいった。)一ヶ月はホームステイの環境もついてて 学校の質もとても良かったんですが、 なにしろそれだけに、高い。
日本からなかなか探すこともしてなかったから他もっと安いところあるんだと知って
それから別の学校に一ヶ月、また別の学校に、、というかんじで三ヶ月位通ったと思います。
もちろんそんなもんで話せるようには、なかなかならないけど、私の場合、それくらいでようやく、なんとなくわかってるような気がする というレベルでした。
A-2−2終わったのかな ちょっと忘れてしまいましたが。
(ドイツ語は A-1-1, A-1-2, A-2-1, A-2-2....というふうにクラスが上がっていきます)
このあたりで あれ、わたしちょっとしゃべれるんじゃない?という勘違い状態に陥りますが、実際にはあまり理解できてなかったと思います。
(でもその勘違いも大事だと思います。勇気が出て友達とどんどんしゃべったりできるようになる)
学校も大事だけど、とりあえず話せるようになるには、友達と話すことがなにより語学を伸ばすと思います。
使い回しとか、実際によく使う単語など、テキストにはのってないことが盛りだくさん覚えられます。
それからしばらくして、またやり直そうと、A-2-2に通って、B-1-2くらいまでいったのかな、
でもテストなんか受けてないから ただクラスに座ってたら どんどんレベルは上がっていくので、自分がじっさいどのレベルか知るには テスト受けるのが良いと思います。
結局ちゃんとしないまま、もう友達とかも私の間違えた文法とかになれちゃって、なあなあのまま突き進む状態になりました。

今どのようなレベルかわからないけど、とにかく文法とかまちがえてるであろうまま、ゴリ推して話すというスタイルになっちゃって、だから話せるんだけど、時々わかってもらえないし、ちゃんとした場で通用するとは思えない。
恥ずかしくない、きれいなドイツ語をちゃんと話したい、という思いでいっぱいになりつつあります。あとね、書いたり読むのがめんどくさい。メールとか。知りたいことのサイトとか。口でいってもらえたらわかるんだけど、、正しいスペルもしらないままとかで、、ドイツ語で歌詞をかくのも すごく大変。
なので そろそろ 文法のクラスにもう一度通い直そう、と考えています。
夫がドイツ人で日本語わからないから 家ではドイツ語のみです。
バイトは日本食なので同僚はほぼ日本人。日本語だけでもやっていけます。
(お客さんとさえ話さなければ)

なにが言いたいかというと、ダラダラとドイツにいるだけでは 決して「ちゃんと」話せるようにはならない、、ということを身をもって証明しているということです。
短期間でもちゃんと話せる様になる人もいるとおもうし、語学能力に長けてる人はそんなに苦労しないかもしれない。
けどわたしのように ごく普通の語学能力の人は、こうなっちゃいます。
そしてこうなっちゃったら、もう学び直すのもめんどくさいし(友達やら家族やらとは通じるから)いまさら 語学学校にかようという少しの恥ずかしさも持ち合わせることになります、、。あとお金もかかる、、。
タンデムを見つける(ドイツ語を学びたい私と 日本語を学びたいドイツ人とかで 教え合う)という手もあるだろうけど、それならタダです。
夫に教えてもらえばいいじゃん と思うかもしれませんが、めんどくさがられます。
わたしも逆に日本語おしえてっていわれたらめんどくさいもん。

10月ごろから 行ける学校をそろそろ探そう。




2018年8月19日日曜日

小さい畑


うちの近所に、ベターニエンというとこがあります。
そこは昔病院だった建物で、今は中にギャラリーやアートスタジオ、ちいさな工房、幼稚園てきなところがあったり楽器の練習してたりだとか、中庭は夏には野外の映画をしたりします。そこの裏庭的部分をアンドレアたちが中心となって、近所の人達でつくる庭にしようと前から活動してるようで、そこを一緒にやらない?と誘ってもらえました。

まずわたしはアンドレアのグループ(子供の庭)に入れてもらい、そこで年内は活動、その後、自分の場所がもらえるとのこと。(いろいろなグループがあるっぽい。)
庭をやりたかったから すぐ やるやる!っていって参加しました。
わたしはフリッツィの叔母として、、(まったく人種ちがう、、フリッツィはドイツ人とイギリス人の息子)アンドレアは、なんか聞かれたら叔母ですっていえばいいよっていってました。なんか宗教上の叔母とか叔父とかいうポジションもあるので(何ていう名前かわすれたけど)それでも行けるっしょみたいなノリでした。


さっそく子供の庭の陣地内で少しだけわたしの部分をもらって、シソとズッキーニと大根と花の種を適当に埋めてみました。ちなみにシソのたねはこちらでも買えるので植えてももんだいなさそう。


種を植えたとき

しばらくして見に行ったら大根の芽がでてたので植え替えてみた。 
いまはこのよこの植物がすごい大きくなって影になっちゃってこまってる。
その植物も雑草じゃなくて、
誰かが植えたやつかもだから勝手に切ったりしていいかわからん。

おりこうにまっているおチプ

時々だれかが水をやっていてくれてるのですくすくそだっています。
ズッキーニはだいぶ大きくなった。
これを始めたのは7月初旬だか中旬だかで、植える時期一応種の袋の裏みてまいたけど
おそかったんじゃないかなという気持ちになってきていますが、たのしみです。

ここはベルリンが提供してる土地なのでお金は払わなくてもいいです。 けどだれでも入れるので作物がときどきぬすまれるらしいです。
でもこうやって誘ってもらって、庭をできるなんて嬉しいです。


2018年8月18日土曜日

昔のブログ

自分の昔のブログを検索して読んでみた。2007年とかかいてあった。もっと前も書いてたからさがしたらきっとどこかにあるんだろう。
カブ(飼っていた柴犬)もまだ生きていて、ドイツでライブをしてなくて(ドイツでライブしたのをきっかけに、こちらに住もうというふうに考えるようになった)
いまの私の状況なんか想像すらしてなかっただろう10年以上前。

10年でこんなにも変わって、こんなにも変わらないんだな。

でもなんか むかしのほうがもっと自由なかんじがしてる。
今のほうが自由のはずなのにな。

わたしはもっと自由で居ていいんだ、多分。

胃腸炎

誕生日旅行から帰ってきて翌々日くらい、
胃腸炎になった。
昼頃からおかしい、お腹が痛い、と感じ始め、その後上からも下からも洪水、冷や汗びっしょり、お腹の痛さ収まらず、横になってもすわってもずっと痛い。
流石にこれはまずいと思い、 パトが仕事から帰ってくるのを待って、一緒に病院へ。
一人ではとてもいける状態じゃなかった、、
いままで生きてきた中で この辛さはかなり上位にランクインするレベルでした。

タクシーよんでもらって よたよたあるいて病院行ったら 暗くてしまってる! 絶望。。
パトがドアをおしたらあいて、人がいるみたいで頼んで診てもらった。

まっすぐ座ってられず待合室でかなり斜めに座り、診察室ですぐに横にならせてもらった。
軽く触診して、どういう状況かわたしにきいて、 答えるのつらかったけど正確な診断をしてほしいと思い振り絞って答えた。とにかく喉がかわきまくっていて(水飲んでももどしちゃう) 着てた服(というかパジャマ)もスリープクラブとかかいてある恥ずかしいやつだったけどそんなこと、気にしてられなかった。

ウイルスの胃腸炎だわねみたいなかんじでいわれ、こちらは点滴かなんかしてほしかったんだけど 吐きどめみたいな注射され、 
30分後くらいから お湯に砂糖と塩をまぜたやつを子供用みたいな小さいスプーンで飲むこと。ぜったいにスプーンで。
あとは食べ物はツヴィーバック(ラスクみたいなカサカサのやつ)とかで 野菜とかはぜったい食べないこと。パトは奥さんと別の部屋で寝なさいといわれていました。
などなど言われ 帰らされました。
おい!こんなにきついのに薬もだしてもらえないのかよ!痛み止めかなんか打って下さいよ!たのみますよ!とおもったけど そんな気力もなくパトにもたれかかり タクシーの運転手さんに心配されつつ帰りました。
パトが速攻ツヴィーバックや水など買いに行ってくれ、砂糖塩湯みたいのも与えられたけど とにかく喉がかわいて お腹も痛いし寒いのに汗がでてくるしという状況で スプーンで砂糖塩湯を流し込んでまるくなっておりました。
夜寝てても何度も目を覚ましトイレに行き、というつらさ、、なった人にはわかるでありましょう。

翌日になると腹痛はすこしおさえられ、痛いけど歩けるように。嘔吐もなくなりました。
ツヴィーバックをかじってみたものの。かさかさで おかゆ、、おかゆがほしい、、となったけどつくる気にもパトに作り方を指示する気にも、食べる気にもなれず。仕事もやすませてもらいました。申し訳ない、、

翌々日の今日はホントはライブの予定があったんだけど、もうしわけないけどキャンセルしました。歩いたりしたらちょっとまだ痛む程度。しかし元気にはしゃいで歌ったり動いたりできる元気はなく。。
でもお腹の痛みはもうほぼありません。
お米が一合分くらいギリギリあったので、母のレシピでお粥をつくりました。
卵の黄身がはいったきいろいおかゆ。
昔から病気したら母がつくってくれたやつです。 
梅干しがないので、なにかあじっけのあるもの、、とおもい鰹節(好物)をいれて食べました。 あたたかい麦茶といっしょに。
妹がにほんから 麦茶パックもってきてくれてたので、飲めました。
(妹は只今 アイルランド一人旅中)


やっぱ、おかゆだよ、 病気のときに食べたいのは あのカサカサのラスクじゃない。
水っ気のある、あたたかいおかゆだよ!

ドイツでは 昔ながらのかんじでツヴィーバックらしいですけど。
ちなみに こちらではお腹壊したときとかは コーラとザルツシュタンゲ(なんか日本のプリッツみたいなかんじで塩っ気のおおいパリパリのやつ)といわれております。
昔ながらのやつらしいけど、、。 胃に悪そう、、とおもってしまう。

これ胆石なんじゃないかと 少し疑っております。
早めに検査に行こう。

おチプが心配なのか、ずっと私のそばをはなれません。 やさしい犬だ、、

ライブ事情

遊びに行ったことばかり書いてるけど、日常で書くネタがないだけで ちゃんとバイトにも行ったり炊事したりとか掃除とか日々のこともやっております。
シュニックシュナックだってちゃんと活動しています。

前にショコラーデンというところでライブをして、そこに居たパンクの人たちに気に入られ、その人たちのすんでるパンクのホーフフェストの出演依頼をうけ、そこにいってきた。

ああ、多分十数年まえとかのベルリンってこんなかんじだったんだろうな、、というかっこよさ。

ベルリンの壁が崩壊してから持ち主がわからないような建物を 人が占拠して住み着いてしまったようなところが時々あるんだけど、多分ここもその一つ。
ここはパンカー(パンクスのことをドイツ語ではパンカー)だらけ。モヒカン、革ジャン。
おじいさんもパンカー。ちょうどこの日CSD(クリストファーストリートデー)とかぶったため、大きめなゲイパレードみたいのがあって その流れかけっこうミニスカートはいたおじいさんとかもいて かっこよかった。(それかパレード関係なくいつもなのかも)

こういう、占拠した系のところは時々ステージがあるので、時々ライブをしたりしてはいるけど、パンカーでもないわたしが こんな中に入る機会はあまりないと思い、わくわくした。
中庭にもバーがあったり、ステージも薄暗くいい感じだった。
トイレが意外にきれいでよかった。
すごい暑かったけどたのしくライブもできた。

今年の夏はほんとに暑い。
他のステージでは一応扇風機があってたすかったり、また別のところでは扇風機もなく、防音対策で窓をしめきらないといけないとこがあったりで そこは地獄のような暑さだった。ちゃんとそうやって地道に活動しています。

最近気づいたけど、ちかごろ、だいたい日本人(というかアジア人)わたし一人。(たまに日本人の友達がきてくれるけど)。ベルリンに日本人たくさんいるとおもうんだけど、今私のやってるような音楽に興味が無いのか、それともちいさいクラブに行く機会があまりないのか、対バンのバンドも面白いひとたちだし、もっと来てほしいなと思った。それにはもっと魅力的なライブをしないとだな。いまは妹がきてるから 見に来てくれてうれしかった。(日本語でも歌ってるし)
ちょっと場所がわかりにくかったり、入りにくかったりするけど、入っちゃいけないというわけでもないし、危険でもないので、観光でも興味あればいってみてください。(いろいろな責任はご自分で、、)
料金もだいたい5ユーロ前後とかだし、いろいろ好みのバンドをみつけるのも楽しいかと思います。
入り口で料金聞いて 高いと思ったら入らないで帰ったって大丈夫です。 
だいたいの相場は5〜8ユーロとかです。(場所や出演者によりますけど)


庭 湖 ノミ




上に住んでるアンドレアが ベルリン郊外に小さい庭付きのガーデンハウスをもっていて、行こうとさそわれていたんだけど それがついに実現した。
車で南に1時間以内くらいの場所。
小さい村の中にある小さい家。

 庭とおチプ。来年からもっと庭をちゃんと手入れするとのこと。
ちいさなフリッツィ(アンドレアの息子4歳くらい)とおチプ

みんなで庭でお昼をたべたりおしゃべりしたり、おチプも喜んでいた。
みんなで湖におよぎにいったりした。
わたしは泳がなかったけど、おチプも一瞬泳いでた。みんなのところにいきたかったみたいで。
暑かったけどすごくよかった。 
帰りに気づいた。 おチプの毛の中になにかいる! ノミだ!
普段虫も殺すことをさけているけど、これだけは別だ。 おチプにつこうもんなら 皆殺しや!
とれるだけとったけどまだ不安。
家の中で発生したらどうしよう! とりあえず家に入れる前に家の前の広場で念入りにブラッシング、ノミは見つけ次第処分。
もともと翌々日おチプを健康診断に病院へつれてくつもりだったので ノミのこともきいてくれと(私はバイトなのでパトに託して)たのんだ。
けっか病院ではノミは一匹もみつからず、卵もなさそうだよ、すごくきれいにしたねとのこと。
でも念のために薬をだしてもらった。



これを与えると何ヶ月だったかわすれたけど 数カ月は効果が持続して、
その間 おチプの血を吸ったダニ、ノミ、蚊は死ぬとのこと。

ノミやダニは人間よりも動物に付きやすいから、おチプを罠のようにして駆除する作戦らしい。
この庭にいったのはかれこれ1ヶ月とかまえのことだけど いまのところおチプが痒がってる様子もノミをみかけることもない。
よかった、、。


ごきんじょさん、ジャックのこと。

去年の秋に私達の上の上に住んでる 通称ジャックというおじいさんが亡くなった。
ジャックは夏になるとベルリンに戻ってきて、冬になるとスペインへ行くひとりもののおじいさん。
いつもだいたい赤いTシャツに短パンをはいて 首から笛をさげていて、ほとんど一日中外のベンチに座って新聞を読んだりクロスワードみたいなのをといてたり、近所の人と話したりしていた。
耳が少し遠いので声が大きく、ジャックがいるとすぐわかった。
ジャックはこの同じ通りで生まれずっとこのあたりで生きてきた。
75歳くらいだったとかっていうから、戦時中に生まれたのかな。
ジャックは少し風変わりで、70年代のどこもかしこも喫煙でレストランなんかが煙で真っ白になるとかいう時代のとき、ここクロイツベルクでどこからかラクダをつれてきて町を歩き回り 喫煙反対運動をひとりでやってたらしい。 近くにhenneというわりかし有名なチキンの丸焼きみたいなふるいレストランがあるんだけど、
そこにラクダをつれていき ラクダが大きすぎて入れなかったというエピソードがあり、その写真も店の中にあるらしい。 

ジャックは旅行にもたくさん行き、日本にも行っていたみたい。ジャックに会うと コンニチワとか サヨナラとかいってくれたな。

私も今の家に住んで、2,3年だけど、会うと時々何か話したりした。
ジャックはこのあたりでは みんな知ってるっていう感じのひとだった。

そんなジャックが秋に亡くなった。 ガンで末期かなにかだったみたいで、
そしてジャックは自分で旅立つことを決めたらしい。
正装して(いつもTシャツと短パンだったジャックが)川に入ったらしい。

上に住んでるアンドレアがパトにその話をしてきた。
アンドレアは幼稚園に通う息子と母子の二人暮らしで、ジャックとも仲良くよく一緒に食事してたりしてたみたい。
パトから聞いた私はショックで泣いた。パトも泣いてたし、アンドレアも泣いてたって。
パトもだし、アドンレアも私よりずっと長くジャックとつきあいがあるんだもんな、、

でもジャックらしいと思った。わたしはそんなに深く彼をしらないけど、それでもそう思った。
自分でちゃんと選んだんだと。 パトも いつも外にいた彼が病院の部屋に閉じこもってるなんて考えられないね、といっていた。

ジャックは身寄りがないので お葬式の段取りなどはアンドレアを中心に近所の人達でやった。お金も出し合ったりして。
ジャックのお葬式(こっちでお葬式に出席するのは初めてだった)には近所の顔見知りのひとたちが大集合していた。6.70人は居たかな。うちのアパートメントの人だけじゃない。
そこでわたしは歌うことをたのまれていたので、自分の曲、おわらないせかい という曲を歌った。 歌いながら、ああ ジャックがそこにいるという気がして、ジャックの写真にかけられたあのいつもの笛をみて、涙がとまらなかった。
参列者も泣いてた。
わたしなんか新参者が泣きながら歌ったりして、すこし恥ずかしかったけど、あとでみんなにとても良かった、といってもらえた。

そして、ついこの前、夏になったのにジャックがいないなんて、という気持ちからか、
近所の人達で広場でちいさなパーティーが催された。
料理をもちよって、ジャックの写真(大量にのこされているのをアンドレアが所有していてみんな好きな写真をもらっていい。うちもすでにわかかりしジャックとロバがうつってるいい写真があったのでそれをいただいている)をみたり、おしゃべりしたりして過ごした。 
ジャックのおかげで近所のいままで話をしなかったひとたちが集まって喋ったりしてる。
みんながもっと、近くなった。 わたしもいまだに、近所の人達にコンサートは次いつやるの?とか気にしてもらえている。
このパーティーは絶対に毎年しようって、あるおばさんが言ってた。また来年ね!といって彼女は帰っていった。どこに住んでるのか、名前もわからないけど、ジャックによってみんなつながってる。

これらは彼が残した最高のものだと思う。 
うちのアパートメントの一階の廊下にはジャックの写真がかけてある。

ちなみにお葬式の準備だとかなんだとかで ジャックの本名はぜんぜんジャックじゃないことが判明した。なんでみんなジャックってよんでたんだろか。
そして彼の部屋には荷物が大量にあり、それは近所にあるクロイツベルクミュージアムに寄贈されることになったとか。 展示されるなら見に行ってみようと思う。

spreewaldシュプレーヴァルト2


シュプレーヴァルトは小川がおおいので カヌーとかに乗れます。
去年も乗りました。去年パトははじめてのカヌーで最初はまごついてたけど、後半ブイブイ言い出してすごい指示だしてきてたんですが、
今回はもう初っ端からブイブイいってました。
普段そんな人に指示とか出すタイプじゃないのに(わたしが出すタイプ)
カヌーに乗るとやれ右だ左だ 他の船が来たから避けろだとかもうずっと喋ってて めんどくさ!といってしまいました。(日本語わかんないからね ぱと)
要は、すごい楽しんでるんでぜんぜんいいんですけど。


口のよこがこうキュってしわになってるとき、おチプは興奮してるときの顔。
好奇心が先行してあまり言うことをきかなくなる。
喜びをかくせないおチプ

途中カヌーを岸につけて、散歩したり。

前回はおチプはホテルの部屋に留守番させて カヌーに我々だけのったんだけど、
今回おチプも一緒にのってみました。
三人用カヌーで 先頭が妹、真中がわたしとおチプ、後ろが司令塔パトです。
おチプは最初乗るのにすごく怖がって逃げてましたが、むりやりのせてみたら
おちぷこそ ブイブイいいはじめ、川の水がぶ飲み、足を軽くだして一緒に漕いでみたりと、満喫していました。
妹も楽しんでいて、カヌーに乗ってよかったです。
わたしはおチプが落ちないように(かなり身をのりだそうとする)押さえつけたりで景色をなかなか楽しむ余裕はなかったですが、それでも楽しかったです。(後半船酔い)
去年は蚊が大発生したんだけど、今年はあつすぎて蚊があまりおらずたすかりました。

シュプレーヴァルトはきゅうりの里でもあるんだけど、(シュプレーヴァルト産のピクルスも有名)この町ではあんまり売ってなかった。売ってたのは売ってたけど。
町の感じ、川の感じ含め、今回いったリュベンより、前回行ったリュベナウのほうがわたしは好きだとおもったのでそちらをおすすめします。 川の多さや橋の感じなど趣がある。


でも魚のサンドされたパンのお店はこの町には、お気に入りのとこがありました。
魚のフライなどをパンに挟んであるやつです。
手前にあるのはサーモンバーガー

ただ、こちらって 魚をすぐ、揚げるか燻製にするんだけど、
やっぱ魚、普通に焼いたほうが美味しい気がするんだけど。
揚げたらなんか全部いっしょなんだけど。

散歩中足を川につけたりして一休み。すぐ足をかるく押さえつけてくるおチプ。

妹と牛

たくさん歩いて天気も良くて、良い誕生日旅行でした。



spreewaldシュプレーヴァルト1


 ベルリンから電車で1時間半とかくらいのところに シュプレーヴァルトという地域があり、そこは小川が張り巡らされた(多分)ユネスコの指定地域?みたいなとこです。

8月は私の誕生月で 誕生日には旅行にいくんだけど、去年も行き気に入ったので今年もまた、シュプレーヴァルトにいくことにしました。
去年と違うのは、去年はLübbenau(リュベナウみたいな発音)という駅周辺の町にいったんだけど、今回はそれより少しベルリン寄りのLübben(リュベンみたいな発音)というリュベナウよりすこしおおきな町にしました。(リュベナウのよさげなホテルはもう空いてなかったから)。あと、妹も一緒です。

 我が物顔のおチプ
 手をつないでくるおチプ。テラスのすぐ後ろは川です。
 足をなにげなくおさえつけてくるおチプ
すごい端っこに座るおチプ

今回はテラス付きのちょっと広めの部屋を予約してみました。しかし!レセプションで
あれ 犬いるの?あなたの予約した部屋は犬だめなんだけどっていわれて、 あれ?犬可能のホテルを検索して見つけたんだけど、っていったら、
犬がokの部屋とそうでないのがあって、犬がいる場合は予備の欄のとこに書いてってかいてあったはずだけど、、といわれ、なんだと〜そんなの見た覚えない!と思って、知らなかった、、予約したサイトブッキングドットコムのせいだ!といったら とりあえず プラスで掃除する料金を払えばいいよといわれたので 素直に従いました。受付のおねえさん、犬が好きな様子だった。
それでも、くそう ブッキングドットコムに苦情書こう!(あわよくば追加料金分支払っていただきたい!)とおもって 見たら ちゃんと書いてありました。 すみませんブッキングドットコムは何も悪くなかった。
わたしが見落としてただけでした。。
しかも追加料金も通常の犬用追加料金と同じ額だった。 みなさん、疑ったりしてごめんなさい。

ホテルはとても清潔でスタッフもやさしく、サウナもついていて快適でした。
朝ごはんもチョイスがなかなか多くて(サラミとチーズだけのとことかもあるけど ここはけっこう魚類もおいてくれてました)満足でした。
ああ、これをブッキングドットコムのページにせめてもの償い(疑った)で評価よく書いておけば少しはいいのかな。

長くなるので続きます




ベルリンの地域


この夏はベルリンもとても暑く、日の出てるうちはチプシーも散歩にいきたがらない(途中で帰りたがるか、寝っ転がってしまう)ので日が沈んでからいっていました。

歩いていけるくらいのとこで、気になる橋をみつけてたので そこに行きました。
ベルリンのひとたちは水辺が好きで(ベルリンのひとだけじゃないでしょうけど)橋とか川辺にとにかく座りたがる傾向があると思われます。

わたしはクロイツベルクという地域に住んでて、そこから少し南下すると川をはさんで、ノイケルンという地域で そのあたりはヒップスター(はやりの若者とか)たちがたくさんおり、みんなこぞってそこでビールを飲んだりおしゃべりしたりです。クロイツベルクとノイケルンをくっつけて クロイツケルンなんていう呼び方もあるぽいです。
ちなみにそのあたりは移民も多く住んでおります。外国人としては生活しやすい。
けど治安がわるいとも言われております。

若者がたくさんいる川や橋、それはそれで楽しくいいんだけど、私のきになってる川のほうは クロイツベルクを北に少し行ったところでミッテという地域との境らへんのとこにあります。
ミッテは少し落ち着いたちょっと高級(?)な感じのイメージです。
高級っていうか、中心地というか、観光地というか、土地も家賃も高い感じの。
(少し前までノイケルンとかは安かったんですけど、今や若者に人気の土地なので別にたいして安くない)

お気に入りの橋は 橋の真中に謎の幅広の塀というんだろうか、橋の左右をわける幅2,3mくらいの高さ140cmくらいのなんていうんだろう、高台部分があり ほんとなんの為か謎なんだけど、その部分の上に頑張れば乗れます。
この夏は夜、そこに座って川を眺めながらノンアルコールビールを飲むという楽しみが増えました。ヒップスターたちが居ない静かなところです。 ちょっと観光客っぽい人たちがちらほらいるけど(近くにホテルがあったりする)、静かなもんです。

しかし聞いたことによると少し前にそのあたり(どのくらい近くかはわからないけど)殺人事件があったとか。 
うちの近所のスーパーにも強盗がはいったばかりだし、(二人組で鉄砲のようなものをもってお金を要求し、その後自転車でにげていったとか)、私が知る限りそれ以外でも超近所で二軒は殺人事件があるし、少し離れたとこでも銃殺事件があったり。
普段は家族連れやら若者で賑わう公園や街だけど やっぱ治安悪いんだなと思います。
だけど、治安悪いから、警察がけっこう頻繁にいて 逆に安心なのかもしれないとも思いますけど。
今の所 夜中ひとりであるいててもなにも怖い目にあったことはないです。


日本だって殺人事件はちょこちょこあるもんね、対してかわらないかな。
気をつけるに越したことはないですけど。

他の地域でももっと治安悪いとこもあります。

私は最初の頃はツェーレンドルフというちょっと郊外的な場所に住んでいて、そこはめちゃくちゃ治安いい気がします。大きい家ばかりが立ち並ぶゆっくりした地域でした。

住んだ地域は、ツェーレンドルフ→ノイケルン→クロイツベルク です。
全部WG(シェア)ですが家賃は250ユーロ(確か、、)、220ユーロ、200ユーロ です。 これはでも、引っ越した当初は7、8年前とかなんでいまはどこも値上がりしていて200台はなかなか難しいみたいです。シェアとかでも350はするっぽい。

ビザでは苦労したけど家さがしに関しては全く苦労せずそこは、ラッキーでした。

多分(若者に)人気の地域は、クロイツベルク、ノイケルン、フリードリヒスハイン、とかなのかな、ヴェディングが次に来る!といわれつづけて 未だ来てないような気がしますが、あいてる家がないのと家賃がたかくなってるのとで、どんどん中心部より拡散されてるみたいです。最近は、リヒテンベルクとかもよく聞きます。
家族連れとかだったら、プレンツラウアーベルクとかあとは西の方、シェーネベルクとかになるのかな。ちょっとわからないけども。日本の人で西の方に住んでるのは、仕事の関係でベルリンに住んでる家族(お金がある感じ)のイメージです。 あくまでイメージですけど。
音楽をやってる友人たちの多くは クロイツベルクやノイケルンに住んでる感じ(たまたま友達がそうなだけかも)

そういう すべて そういうイメージっていうかんじの 特に役立たない地域情報でした。