2018年8月18日土曜日

ライブ事情

遊びに行ったことばかり書いてるけど、日常で書くネタがないだけで ちゃんとバイトにも行ったり炊事したりとか掃除とか日々のこともやっております。
シュニックシュナックだってちゃんと活動しています。

前にショコラーデンというところでライブをして、そこに居たパンクの人たちに気に入られ、その人たちのすんでるパンクのホーフフェストの出演依頼をうけ、そこにいってきた。

ああ、多分十数年まえとかのベルリンってこんなかんじだったんだろうな、、というかっこよさ。

ベルリンの壁が崩壊してから持ち主がわからないような建物を 人が占拠して住み着いてしまったようなところが時々あるんだけど、多分ここもその一つ。
ここはパンカー(パンクスのことをドイツ語ではパンカー)だらけ。モヒカン、革ジャン。
おじいさんもパンカー。ちょうどこの日CSD(クリストファーストリートデー)とかぶったため、大きめなゲイパレードみたいのがあって その流れかけっこうミニスカートはいたおじいさんとかもいて かっこよかった。(それかパレード関係なくいつもなのかも)

こういう、占拠した系のところは時々ステージがあるので、時々ライブをしたりしてはいるけど、パンカーでもないわたしが こんな中に入る機会はあまりないと思い、わくわくした。
中庭にもバーがあったり、ステージも薄暗くいい感じだった。
トイレが意外にきれいでよかった。
すごい暑かったけどたのしくライブもできた。

今年の夏はほんとに暑い。
他のステージでは一応扇風機があってたすかったり、また別のところでは扇風機もなく、防音対策で窓をしめきらないといけないとこがあったりで そこは地獄のような暑さだった。ちゃんとそうやって地道に活動しています。

最近気づいたけど、ちかごろ、だいたい日本人(というかアジア人)わたし一人。(たまに日本人の友達がきてくれるけど)。ベルリンに日本人たくさんいるとおもうんだけど、今私のやってるような音楽に興味が無いのか、それともちいさいクラブに行く機会があまりないのか、対バンのバンドも面白いひとたちだし、もっと来てほしいなと思った。それにはもっと魅力的なライブをしないとだな。いまは妹がきてるから 見に来てくれてうれしかった。(日本語でも歌ってるし)
ちょっと場所がわかりにくかったり、入りにくかったりするけど、入っちゃいけないというわけでもないし、危険でもないので、観光でも興味あればいってみてください。(いろいろな責任はご自分で、、)
料金もだいたい5ユーロ前後とかだし、いろいろ好みのバンドをみつけるのも楽しいかと思います。
入り口で料金聞いて 高いと思ったら入らないで帰ったって大丈夫です。 
だいたいの相場は5〜8ユーロとかです。(場所や出演者によりますけど)


庭 湖 ノミ




上に住んでるアンドレアが ベルリン郊外に小さい庭付きのガーデンハウスをもっていて、行こうとさそわれていたんだけど それがついに実現した。
車で南に1時間以内くらいの場所。
小さい村の中にある小さい家。

 庭とおチプ。来年からもっと庭をちゃんと手入れするとのこと。
ちいさなフリッツィ(アンドレアの息子4歳くらい)とおチプ

みんなで庭でお昼をたべたりおしゃべりしたり、おチプも喜んでいた。
みんなで湖におよぎにいったりした。
わたしは泳がなかったけど、おチプも一瞬泳いでた。みんなのところにいきたかったみたいで。
暑かったけどすごくよかった。 
帰りに気づいた。 おチプの毛の中になにかいる! ノミだ!
普段虫も殺すことをさけているけど、これだけは別だ。 おチプにつこうもんなら 皆殺しや!
とれるだけとったけどまだ不安。
家の中で発生したらどうしよう! とりあえず家に入れる前に家の前の広場で念入りにブラッシング、ノミは見つけ次第処分。
もともと翌々日おチプを健康診断に病院へつれてくつもりだったので ノミのこともきいてくれと(私はバイトなのでパトに託して)たのんだ。
けっか病院ではノミは一匹もみつからず、卵もなさそうだよ、すごくきれいにしたねとのこと。
でも念のために薬をだしてもらった。



これを与えると何ヶ月だったかわすれたけど 数カ月は効果が持続して、
その間 おチプの血を吸ったダニ、ノミ、蚊は死ぬとのこと。

ノミやダニは人間よりも動物に付きやすいから、おチプを罠のようにして駆除する作戦らしい。
この庭にいったのはかれこれ1ヶ月とかまえのことだけど いまのところおチプが痒がってる様子もノミをみかけることもない。
よかった、、。


ごきんじょさん、ジャックのこと。

去年の秋に私達の上の上に住んでる 通称ジャックというおじいさんが亡くなった。
ジャックは夏になるとベルリンに戻ってきて、冬になるとスペインへ行くひとりもののおじいさん。
いつもだいたい赤いTシャツに短パンをはいて 首から笛をさげていて、ほとんど一日中外のベンチに座って新聞を読んだりクロスワードみたいなのをといてたり、近所の人と話したりしていた。
耳が少し遠いので声が大きく、ジャックがいるとすぐわかった。
ジャックはこの同じ通りで生まれずっとこのあたりで生きてきた。
75歳くらいだったとかっていうから、戦時中に生まれたのかな。
ジャックは少し風変わりで、70年代のどこもかしこも喫煙でレストランなんかが煙で真っ白になるとかいう時代のとき、ここクロイツベルクでどこからかラクダをつれてきて町を歩き回り 喫煙反対運動をひとりでやってたらしい。 近くにhenneというわりかし有名なチキンの丸焼きみたいなふるいレストランがあるんだけど、
そこにラクダをつれていき ラクダが大きすぎて入れなかったというエピソードがあり、その写真も店の中にあるらしい。 

ジャックは旅行にもたくさん行き、日本にも行っていたみたい。ジャックに会うと コンニチワとか サヨナラとかいってくれたな。

私も今の家に住んで、2,3年だけど、会うと時々何か話したりした。
ジャックはこのあたりでは みんな知ってるっていう感じのひとだった。

そんなジャックが秋に亡くなった。 ガンで末期かなにかだったみたいで、
そしてジャックは自分で旅立つことを決めたらしい。
正装して(いつもTシャツと短パンだったジャックが)川に入ったらしい。

上に住んでるアンドレアがパトにその話をしてきた。
アンドレアは幼稚園に通う息子と母子の二人暮らしで、ジャックとも仲良くよく一緒に食事してたりしてたみたい。
パトから聞いた私はショックで泣いた。パトも泣いてたし、アンドレアも泣いてたって。
パトもだし、アドンレアも私よりずっと長くジャックとつきあいがあるんだもんな、、

でもジャックらしいと思った。わたしはそんなに深く彼をしらないけど、それでもそう思った。
自分でちゃんと選んだんだと。 パトも いつも外にいた彼が病院の部屋に閉じこもってるなんて考えられないね、といっていた。

ジャックは身寄りがないので お葬式の段取りなどはアンドレアを中心に近所の人達でやった。お金も出し合ったりして。
ジャックのお葬式(こっちでお葬式に出席するのは初めてだった)には近所の顔見知りのひとたちが大集合していた。6.70人は居たかな。うちのアパートメントの人だけじゃない。
そこでわたしは歌うことをたのまれていたので、自分の曲、おわらないせかい という曲を歌った。 歌いながら、ああ ジャックがそこにいるという気がして、ジャックの写真にかけられたあのいつもの笛をみて、涙がとまらなかった。
参列者も泣いてた。
わたしなんか新参者が泣きながら歌ったりして、すこし恥ずかしかったけど、あとでみんなにとても良かった、といってもらえた。

そして、ついこの前、夏になったのにジャックがいないなんて、という気持ちからか、
近所の人達で広場でちいさなパーティーが催された。
料理をもちよって、ジャックの写真(大量にのこされているのをアンドレアが所有していてみんな好きな写真をもらっていい。うちもすでにわかかりしジャックとロバがうつってるいい写真があったのでそれをいただいている)をみたり、おしゃべりしたりして過ごした。 
ジャックのおかげで近所のいままで話をしなかったひとたちが集まって喋ったりしてる。
みんながもっと、近くなった。 わたしもいまだに、近所の人達にコンサートは次いつやるの?とか気にしてもらえている。
このパーティーは絶対に毎年しようって、あるおばさんが言ってた。また来年ね!といって彼女は帰っていった。どこに住んでるのか、名前もわからないけど、ジャックによってみんなつながってる。

これらは彼が残した最高のものだと思う。 
うちのアパートメントの一階の廊下にはジャックの写真がかけてある。

ちなみにお葬式の準備だとかなんだとかで ジャックの本名はぜんぜんジャックじゃないことが判明した。なんでみんなジャックってよんでたんだろか。
そして彼の部屋には荷物が大量にあり、それは近所にあるクロイツベルクミュージアムに寄贈されることになったとか。 展示されるなら見に行ってみようと思う。

spreewaldシュプレーヴァルト2


シュプレーヴァルトは小川がおおいので カヌーとかに乗れます。
去年も乗りました。去年パトははじめてのカヌーで最初はまごついてたけど、後半ブイブイ言い出してすごい指示だしてきてたんですが、
今回はもう初っ端からブイブイいってました。
普段そんな人に指示とか出すタイプじゃないのに(わたしが出すタイプ)
カヌーに乗るとやれ右だ左だ 他の船が来たから避けろだとかもうずっと喋ってて めんどくさ!といってしまいました。(日本語わかんないからね ぱと)
要は、すごい楽しんでるんでぜんぜんいいんですけど。


口のよこがこうキュってしわになってるとき、おチプは興奮してるときの顔。
好奇心が先行してあまり言うことをきかなくなる。
喜びをかくせないおチプ

途中カヌーを岸につけて、散歩したり。

前回はおチプはホテルの部屋に留守番させて カヌーに我々だけのったんだけど、
今回おチプも一緒にのってみました。
三人用カヌーで 先頭が妹、真中がわたしとおチプ、後ろが司令塔パトです。
おチプは最初乗るのにすごく怖がって逃げてましたが、むりやりのせてみたら
おちぷこそ ブイブイいいはじめ、川の水がぶ飲み、足を軽くだして一緒に漕いでみたりと、満喫していました。
妹も楽しんでいて、カヌーに乗ってよかったです。
わたしはおチプが落ちないように(かなり身をのりだそうとする)押さえつけたりで景色をなかなか楽しむ余裕はなかったですが、それでも楽しかったです。(後半船酔い)
去年は蚊が大発生したんだけど、今年はあつすぎて蚊があまりおらずたすかりました。

シュプレーヴァルトはきゅうりの里でもあるんだけど、(シュプレーヴァルト産のピクルスも有名)この町ではあんまり売ってなかった。売ってたのは売ってたけど。
町の感じ、川の感じ含め、今回いったリュベンより、前回行ったリュベナウのほうがわたしは好きだとおもったのでそちらをおすすめします。 川の多さや橋の感じなど趣がある。


でも魚のサンドされたパンのお店はこの町には、お気に入りのとこがありました。
魚のフライなどをパンに挟んであるやつです。
手前にあるのはサーモンバーガー

ただ、こちらって 魚をすぐ、揚げるか燻製にするんだけど、
やっぱ魚、普通に焼いたほうが美味しい気がするんだけど。
揚げたらなんか全部いっしょなんだけど。

散歩中足を川につけたりして一休み。すぐ足をかるく押さえつけてくるおチプ。

妹と牛

たくさん歩いて天気も良くて、良い誕生日旅行でした。



spreewaldシュプレーヴァルト1


 ベルリンから電車で1時間半とかくらいのところに シュプレーヴァルトという地域があり、そこは小川が張り巡らされた(多分)ユネスコの指定地域?みたいなとこです。

8月は私の誕生月で 誕生日には旅行にいくんだけど、去年も行き気に入ったので今年もまた、シュプレーヴァルトにいくことにしました。
去年と違うのは、去年はLübbenau(リュベナウみたいな発音)という駅周辺の町にいったんだけど、今回はそれより少しベルリン寄りのLübben(リュベンみたいな発音)というリュベナウよりすこしおおきな町にしました。(リュベナウのよさげなホテルはもう空いてなかったから)。あと、妹も一緒です。

 我が物顔のおチプ
 手をつないでくるおチプ。テラスのすぐ後ろは川です。
 足をなにげなくおさえつけてくるおチプ
すごい端っこに座るおチプ

今回はテラス付きのちょっと広めの部屋を予約してみました。しかし!レセプションで
あれ 犬いるの?あなたの予約した部屋は犬だめなんだけどっていわれて、 あれ?犬可能のホテルを検索して見つけたんだけど、っていったら、
犬がokの部屋とそうでないのがあって、犬がいる場合は予備の欄のとこに書いてってかいてあったはずだけど、、といわれ、なんだと〜そんなの見た覚えない!と思って、知らなかった、、予約したサイトブッキングドットコムのせいだ!といったら とりあえず プラスで掃除する料金を払えばいいよといわれたので 素直に従いました。受付のおねえさん、犬が好きな様子だった。
それでも、くそう ブッキングドットコムに苦情書こう!(あわよくば追加料金分支払っていただきたい!)とおもって 見たら ちゃんと書いてありました。 すみませんブッキングドットコムは何も悪くなかった。
わたしが見落としてただけでした。。
しかも追加料金も通常の犬用追加料金と同じ額だった。 みなさん、疑ったりしてごめんなさい。

ホテルはとても清潔でスタッフもやさしく、サウナもついていて快適でした。
朝ごはんもチョイスがなかなか多くて(サラミとチーズだけのとことかもあるけど ここはけっこう魚類もおいてくれてました)満足でした。
ああ、これをブッキングドットコムのページにせめてもの償い(疑った)で評価よく書いておけば少しはいいのかな。

長くなるので続きます




ベルリンの地域


この夏はベルリンもとても暑く、日の出てるうちはチプシーも散歩にいきたがらない(途中で帰りたがるか、寝っ転がってしまう)ので日が沈んでからいっていました。

歩いていけるくらいのとこで、気になる橋をみつけてたので そこに行きました。
ベルリンのひとたちは水辺が好きで(ベルリンのひとだけじゃないでしょうけど)橋とか川辺にとにかく座りたがる傾向があると思われます。

わたしはクロイツベルクという地域に住んでて、そこから少し南下すると川をはさんで、ノイケルンという地域で そのあたりはヒップスター(はやりの若者とか)たちがたくさんおり、みんなこぞってそこでビールを飲んだりおしゃべりしたりです。クロイツベルクとノイケルンをくっつけて クロイツケルンなんていう呼び方もあるぽいです。
ちなみにそのあたりは移民も多く住んでおります。外国人としては生活しやすい。
けど治安がわるいとも言われております。

若者がたくさんいる川や橋、それはそれで楽しくいいんだけど、私のきになってる川のほうは クロイツベルクを北に少し行ったところでミッテという地域との境らへんのとこにあります。
ミッテは少し落ち着いたちょっと高級(?)な感じのイメージです。
高級っていうか、中心地というか、観光地というか、土地も家賃も高い感じの。
(少し前までノイケルンとかは安かったんですけど、今や若者に人気の土地なので別にたいして安くない)

お気に入りの橋は 橋の真中に謎の幅広の塀というんだろうか、橋の左右をわける幅2,3mくらいの高さ140cmくらいのなんていうんだろう、高台部分があり ほんとなんの為か謎なんだけど、その部分の上に頑張れば乗れます。
この夏は夜、そこに座って川を眺めながらノンアルコールビールを飲むという楽しみが増えました。ヒップスターたちが居ない静かなところです。 ちょっと観光客っぽい人たちがちらほらいるけど(近くにホテルがあったりする)、静かなもんです。

しかし聞いたことによると少し前にそのあたり(どのくらい近くかはわからないけど)殺人事件があったとか。 
うちの近所のスーパーにも強盗がはいったばかりだし、(二人組で鉄砲のようなものをもってお金を要求し、その後自転車でにげていったとか)、私が知る限りそれ以外でも超近所で二軒は殺人事件があるし、少し離れたとこでも銃殺事件があったり。
普段は家族連れやら若者で賑わう公園や街だけど やっぱ治安悪いんだなと思います。
だけど、治安悪いから、警察がけっこう頻繁にいて 逆に安心なのかもしれないとも思いますけど。
今の所 夜中ひとりであるいててもなにも怖い目にあったことはないです。


日本だって殺人事件はちょこちょこあるもんね、対してかわらないかな。
気をつけるに越したことはないですけど。

他の地域でももっと治安悪いとこもあります。

私は最初の頃はツェーレンドルフというちょっと郊外的な場所に住んでいて、そこはめちゃくちゃ治安いい気がします。大きい家ばかりが立ち並ぶゆっくりした地域でした。

住んだ地域は、ツェーレンドルフ→ノイケルン→クロイツベルク です。
全部WG(シェア)ですが家賃は250ユーロ(確か、、)、220ユーロ、200ユーロ です。 これはでも、引っ越した当初は7、8年前とかなんでいまはどこも値上がりしていて200台はなかなか難しいみたいです。シェアとかでも350はするっぽい。

ビザでは苦労したけど家さがしに関しては全く苦労せずそこは、ラッキーでした。

多分(若者に)人気の地域は、クロイツベルク、ノイケルン、フリードリヒスハイン、とかなのかな、ヴェディングが次に来る!といわれつづけて 未だ来てないような気がしますが、あいてる家がないのと家賃がたかくなってるのとで、どんどん中心部より拡散されてるみたいです。最近は、リヒテンベルクとかもよく聞きます。
家族連れとかだったら、プレンツラウアーベルクとかあとは西の方、シェーネベルクとかになるのかな。ちょっとわからないけども。日本の人で西の方に住んでるのは、仕事の関係でベルリンに住んでる家族(お金がある感じ)のイメージです。 あくまでイメージですけど。
音楽をやってる友人たちの多くは クロイツベルクやノイケルンに住んでる感じ(たまたま友達がそうなだけかも)

そういう すべて そういうイメージっていうかんじの 特に役立たない地域情報でした。





2018年7月17日火曜日

wasdennビデオ

the SchnickSchnackの新しいビデオできてます。
https://youtu.be/50Pm0_CbM5U
ドイツ語の勉強にも少しなると思います。

むかしのベルリン

ちょっと前から、ベルリンの昔の写真がみたいという想いに駆られ、ずいぶん前にツェーレンドルフに住んでたときに住んでた家のおばさまが持ってたベルリンの古い写真集、あれがみたいんだ、、と探し続けていて、(それがどういうタイトルかは覚えていなくて)
やっとこれかもしれない と思うものを見つけました。 その前に違う写真集を一冊買って、それもけっこういいんですけど。
それをみてるうちに、あれ そういえば ちかくにmärkisches museumがあったな、と思い出しました。前にパトに あれはベルリンの歴史博物館みたいなやつだと聞いてた記憶が蘇ったのです。
それで 今日行ってきました。
特に 1800年台〜戦前くらいまでに興味があり(街や当時の人たちの様子など)
今普通に通ってるこの道の昔の状況を見たい、知りたいという私の熱は写真集で多少おちついたものの、やはり博物館ともなるとテンションの上がりをおさえられませんでした。

建物自体も素敵で見ごたえもありました。
ドイツ語と英語でしか表記やオーディオ説明がないのでそこは少し残念ですが、ベルリンの歴史に興味がある人には大おすすめしたい博物館です。相当昔から、戦争、ベルリンの壁のことや特別展なども含んで展示してあります。
入場料は7ユーロで第一水曜日は無料らしいです。あとなんか日曜とかは何かイベントが行われてるような事が書いてありました。
ミュージアムショップで昔のベルリンの地図を買い大満足で博物館をあとにしました。
またみにいきたい。今度はパトをつれていって 難しい単語などを簡単な言葉に変えて説明してもらおう。(日本語できないから 結局ドイツ語からドイツ語への通訳になる)

近くに川が流れていて公園もあり、ちかくでスープを買いひとりでぼーっと座ってたべながら、ここはチプシーを連れてくるのにいいぞとおもいました。


家に帰り 語学学校からかえってきた妹と仕事から帰ってきたパトをさそい 昼間にいった川沿いをチプさんぽの延長であるいてすわってきました。


ところでなんでわたしはそんなにその年代のベルリンに興味があるのかというと、
バイトに行く道である地点が工事中になってたため、別の道を通るようになりました。
そこの道が なんか わたしはここを知っている という思いがすごくして、あれ、こんな銅像はなかったはずだけどとか いろいろ思うようになって、昔の様子をしりたくなったのです。
ずいぶん前に、ある方に前世をみてもらったことがあって、その人が言うにはわたしは 前世がドイツ人だったということなんです。 ドイツに行くことをきめてからそのことを知り、前々からなんとなくそんな気がしてた私は やはりびっくりしました。
そのドイツ人は男性で1900年代初頭くらいまで生きた人みたいで、国のための(?)建築関係のしごとをやってたみたいです。

そいうのを聞いたことがあるから、なにかしら思い込みで ココらへん知っている とおもってしまうのかもしれないけど、 そうおもってた道が 建築アカデミー跡があるところで(あとから知った) ああもしかしたら通ってたりなんらかの関わりがあったのかなあなんて思いました。 そのあたりはベルリン城やベルリン大聖堂など昔からある大きな建物も多いし、よく人がいくところだからアカデミーは関連してるかわからないですけど。

そういうちょっと不思議なこともあり、昔のベルリンの写真を見たくて探し始めたというわけです。 興味のあることの知識をどんどん増やすのはやはりたのしいです。
理由がなんであれ。
その博物館のあたりの街もわりかし好きです。

 

妹来る/ベルリンのビザ

妹が仕事をやめて、 観光ビザ90日滞在をフル活用し いまベルリンにきております。
ずっと海外生活をしたかったらしい妹。
わたしが先に出ちゃったせいや彼女の性格もあり、タイミングを失いずっともやもやとしていたのではないかと思います。

本当はアイルランドに憧れを持ってるらしいんだけど滞在費を考えると、私のうちに寝泊まりすると宿泊代がタダになるということで うちに滞在しつつ 英語の学校に行き、アイルランド旅行もしてみるとのこと。

かれこれ一週間くらい経ちました。
チプともなれ、 パトとも英語でなんとかコミュニケーションをとっているようす。
今後どのようにしていくかは彼女次第ですが、できたらこっちで暮らしたいというようなことをぶつぶつと言っています。

問題はただひとつ。 ビザ。
いやふたつ。
それに加え、住居。

さすがにうちにずっとというわけにもいかず、
(いま滞在してるのは私達の洋服ダンスがおいてある部屋に簡易の空気入りマットレスで寝起きしている)
住居難といわれるベルリンでの家探し。

ビザはアーティストビザ(妹はアーティストでもあるので)
でなんとかなるかもしれませんが。

わたしがビザ取得で苦しんでたときよりももっと難しくなっているみたい。
私の時代は、
ワーホリ1年〜学生準備ビザ2年〜で、フリーランス ていうのが結構みんなやってたやつです。
わたしもそうやりました。
いまはドイツ人と結婚したのでビザ問題はなくなりましたが
結構いろいろ大変だったので ビザを取る苦しみはものすごくよくわかります。

なので簡単にできるよとは 口が裂けても言えない

でもやるからには自分でやらなくちゃいけない。わたしももちろん友人たちにてつだってもらいとても助けてもらったので 他の人を助けたい気持ちもあるし、必要ならば書類も書いたりなどもしていますが、
みんな自分でやって、できないところを助けてもらっている。
ほんとうに苦しい、嫌な思いをして(わざわざ、する必要はないですけど)それでもここにいたいからがんばって取得するのも、大事なことのように思います。
すんなり取れるのが一番だし、一般的には書類がそれっていればビザを出してくれるんですが、担当者によっては重箱の角をつついてくるようなひともいますし、担当者によって言うことが変わってくるのでそこはほんとどうにかしてほしいですけど、、

ということでいったいどうなることやら。



2018年7月12日木曜日

日本旅行

5月にパトとCと三人で3週間日本帰省旅行に行きました。
今回は音楽友達のドイツ人Cも、かつてからの夢、日本旅行を叶えるということで一緒です。

チプシーは 家においていき、友人や義妹が交代でうちに泊まりに来てチプの世話をしてくれるというありがたい助けにより 安心して出かけられました。
それでも 家を出るときにないてしまった、、

出発の日、ルフトハンザがストのため空港までいって 荷物あずけてチェックまですませたのにその日は飛ばず家に帰れとのことで(ほんとに!はあああ!!!という言葉にならない怒りがわいてきましたけど)仕方なくかえり、翌日再出発。
それからは順調に、実家のある神奈川、妹や友達のいる大阪、観光で京都、神戸の友達が新しくオープンさせたカフェ(すごくいい)、仕事関係で岡山、姉家族のいる広島、
いわちゃんが引っ越したさきの福岡、その後、友達のいる屋久島(一週間もおせわになった)、最後に、いい旅館に滞在したいということで鹿児島の霧島に一泊。
移動がかなりあり、たいへんでしたが、友達や家族のありがたさを再実感したすごくいい旅行でした。
屋久島では 初めて縄文杉登山をしました。
7年間住んでたのに一度もいったことなく。
今回たくさんの古くからの友人たちに会いまくり、すごく嬉しかったです。
みんないつもと一緒。会えばその頃にすぐもどってしまう。
昨日まで高校の制服着てたんじゃないかっていう。

いろんな不思議体験もして、パトも都会や自然を大満喫していて、Cも彼なりに日本を楽しんだようでよかったです。

帰ってチプにあえたときはやっぱり嬉しかったなあ。
拗ねてたらいやだなとおもってたけど 数日すればまたいつもの毎日がはじまりました。


なんというか、最近思うのは、場所じゃなくて、 人なんだなということです。
私の生まれたところは大阪。
でもいまある実家は横浜。
もちろん場所にも想いはたくさんあるけど、
私の帰るところは、 パトとチプがいるところ。
家族がいるところ。 友だちがいるところ。
それがどこであっても、わたしが帰るところは 私の好きな人達のいるところ全部なんだなと思いました。

ずーっと、 わたしはいったいどこで暮らすんだろう、どこに長く居着いたらいいんだろう、わたしはどこに居ていいんだろう、という疑問が私の中にありました。
両親や祖父母、親戚はもともと横浜や東京にいて、
わたしは大阪で生まれ、思春期は屋久島で過ごし、また大阪に戻り
ベルリンに住み、そこで夫に出会い、いまもベルリンにいる。
(世の中にはもっともっと引っ越しをくりかえしてる人たちもいるでしょう)

きっとベルリンがわたしの居着くところなんだろうっておもってたんだけど、
場所じゃないんだな、答えは。